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文字数 1,396文字

 まっすぐ装甲車に戻ると、自分で朝淹れていたコーヒーを飲む。実は喉が渇いていた。
 止められていなければあのお茶も飲んでいただろう。
「それで、どういうことか説明して欲しいんだけど」
 温くてほろ苦い液体で喉を潤したところで、彼が装甲車に帰ってくるなり整備を行っていた手を止めて、何を言うでもなく一緒に部屋にやって来た青薔薇姫に問う。
「あの娘……向日葵姫に依存系薬物の中毒症状を見た。用心の為だ」
「そんな、まさか」
 軍では、その手の薬物の使用を何処の管轄でも禁止しているはずだ。
 戦時下において短期的にはかなりの効果が期待できるが、この戦争は終わりがわからないもの。長期な抗戦を考えた場合にマイナスにしかならないのが、薬物を使った兵士の育成・士気の維持だった。
 関東軍に限らず、その手の薬物は徹底管理され、流通する事すら忌避されている。
 もちろん裏の世界ではわからないけれど、軍の中ではまずありえない筈のもの。
「考えたくない事だが、それよりも先に己の身に降りかかる可能性を極力考慮すべきだ」
「……そうだね。僕たち利用価値高そうだし」
 関東軍直属・独立支援型人型部隊になって三ヶ月が過ぎている。
 人型乗りが戦果によって得る最高の勲章まであと少しという辺りにまできてしまった。
 恐らく全国的に見ても、与えられた任務の内容、そして機体性能、個人の能力、全部合わせて今の日本でもっともその勲章に近い位置にいるのは古谷達だ。関東軍もそれを狙ってわざわざ二人を外に送り出したのだろう。
 関東にはそれなりに戦場はあるが、その数や厳しさは西の方ほどではないと聞く。仮にあのまま関東のあの部隊に留まっていても、二人の徴兵期間の間にその勲章を取るのは不可能だったはず。
 青薔薇姫はともかく古谷の方が、最初から兵役に乗り気でないのは、何より周りが気付いていただろうから。
 なんとしても徴兵期間中に勲章を取らせるための、任務なのだろう、大阪行きは。そこまで取ってしまえば、本人達の意向に関わらず無理やり軍に繋ぎとめる充分な理由になるはずだから。仮に古谷が抜けても、勲章を持つ青薔薇姫が関東軍に残る意義は大きい。
 今の古谷に残る気があるかどうかを上層部は知らないだろうが。
「あーぁ、面倒だね」
「そうだな。これが有名税というヤツか」
「課税超過だよ、こんなの。どうする、一応調べる? それともさっさと出て行く?」
 きっと古谷が除籍を望むなら青薔薇姫は引きとめない。
 けれど彼は、それを望む意味をもう無くした。
 軍から離れるのはきっと、青薔薇姫に望まれて、彼女から離れる日だろう。
 規定された徴兵期間を過ぎたあとも、どうせ行き先など無かったのだから。ならばせめて、自分を救ってくれた相手が望むように時間を使う人生の方がいい。
「……調べたい、といったら?」
 古谷の問いかけに、どこか伺うように青薔薇姫は自分の希望を述べてきた。
 珍しく青薔薇姫はこの件に首をつっこみたいようだ。
 彼女が望むなら、否はない。
 古谷自身はあの黄色の少女だの中部軍のあれこれだのにさほど興味は無かったけれど、周囲に対して関心を持つことが少ない青薔薇姫が首を伸ばす程度にこの件へ興味を抱いているという部分に、興味がある。
「いいよ。急ぎじゃないし、確かに気になるしね」
 古谷がおどけた口調で肩を竦ませてそう返すと、青薔薇姫は微かに笑って「ありがとう」と言った。
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