出会

文字数 2,261文字

 いい天気の元、車を走らせるのは気持ちいい。
 それが整備された道ならば尚更だ。ギリギリ走ることが出来る程度の、道かどうかも怪しい道ばかり走ってきたから、よく舗装された道が新鮮に感じる。
 助手席に居る青薔薇姫も同じなのだろう。珍しく唄を口ずさんでいた。
 聞いたことのない歌で何語なのかも解らないが、いい声なのは間違いない。
「それにしても、さすが中部軍の本部がある所だよね。落ち着いてる」
 いつの間にか聞き惚れていた自分に気が付いた古谷は、急に恥ずかしくなって話しかけた。
「この辺の中部軍は強いらしい。そのせいもあるんだろう」
「街や道の様子を見るだけで人類が優勢かどうか、すぐわかるよね」
 移動している最中に肌で感じた事だ。
 名古屋に近づく程に戦場が減った。だから彼らが名古屋入りするのは任務上必要ないのかもしれなかったが、火気系の物資が底をつきかけていたので名古屋入りを決めた。
 安定している方が物資の補給も受けやすい。向こうにも、こちらにとっても。
 苦戦を強いられている所から物資を分けてもらうのは、仮にその権利があるにしても精神衛生上宜しくないので、出来る事なら避けたかった。
「あれ?」
 前方の道路脇で、こちらに向かって手を振る者がいる。
「ヒッチハイクだな。止まってやれ。ここはそう車は通らないだろうから」
「はいはい。じゃあ青薔薇姫は真ん中ね」
 横幅のある装甲車だ。寄れば三人座れる。
 止まると、嬉しそうに女の子が乗り込んできた。二人と歳のほとんど変わらなさそうなショートカットの女の子。
 近くで見た瞬間に、顔には出さずに古谷は驚く。
 金髪。染めてるとは思えないくらいの自然な、染めムラのない透明度のある金。遠目からも派手だとは思ったが近くで見るとより目を引く。
「ありがとう、もう一時間もあそこにいたんだわ。助かったー」
 でも、顔はどう見てもこの国の人間。その部分で青薔薇姫とは違う。
 その少女は車に乗り込んできた後に真ん中に座る青薔薇姫に気が付いて、息を呑んだ。
「人形!?」
「生きてる生きてる」
 思わず古谷は突っ込んだ。青薔薇姫は、いつもの鉄面皮。
 間にいながらも会話に参加する気はなさそうだった。
「ははは、ごめんね。やー、あたしも人の事言えた見た目じゃないしね」
「で、どこまで? 僕らは名古屋市街に行く途中なんだけど」
「えと、あたしも名古屋市街なんだけど、あのさ、この車って軍のだよね。君達軍人?」
 少女が改めて尋ねてくる。
 彼女が指摘する通りこの車は軍以外で使われていない特殊車両だ。しかし古谷たちはここのところ、戦闘時以外では私服を着ることが増えていた。当然今も。そりゃあ見た目では不安になるよな、と古谷は苦笑する。
 任務遂行中の軍人ならあるまじき見た目なのはこちらが悪い。
「一応ね。こんな格好してるけど、今も任務中」
「うあー、良かったぁ。実はあたしもこんな格好してるけど軍人でさ」
 彼女もまったく軍人に見えない姿。
 こちらは単に自由時間だとでも言われれば説明がつくが、任務中らしいことに古谷は苦笑だけで応えた。お互いどうやら真面目な軍人ではないかもしれないと。
 そんな古谷に改めて少女が頭を下げてくる。
「で、ちょっと頼みがあるんだけど、この車の中、余裕ある? あたしと一緒に運んで欲しいものがあるんだよね」
「何なのか、訊いていい?」
「うん。人型一台」
 あっさりと、言ってきた。
 人型は、たとえ操縦者に対してであっても、個人に貸し出されたりしない。だがそれより何より人型は、一人で動かすものでは、ない。
「……君、一人?」
「うん。ここまで来たはいいけど燃料切れかけでさぁ。なんなら車の上に乗せてくれてもいいから、ね、お願い乗せてって?」
 装甲車内に人型一台分くらいの余裕が無い事もないが。
 古谷は、ちょっと頭痛がしてきた。
 この少女はもしかしたら結構な爆弾かも知れなかった。もう少し背景を探ろうと古谷は優しく問いかける。
「それはいいけど……懲罰モノじゃないの? 戦闘もないのに一人で人型乗って」
「だって嬉しかったんだもん。あたしの人型が来て」
 軽い。あまりに軽いノリだ。それだけこの辺は平和なのか。しかしどんなに平和でも一人で操縦は、させてもらえるか以前に、出来ない筈だが。
 少女の様子にこれ以上は収穫がなさそうだと思った古谷は会話を諦め、小さく息を吐く。
「じゃ、とりあえずその人型、ここまで持って来て。車の中に入れるから。あ、僕は古谷っていうんだけど、君は?」
 持って来てと言った途端に入ったばかりの車から元気よく飛び出す少女に問う。彼女は振り返って大きな声で名乗ってくる……。

「向日葵姫っていうの! コレ名前、苗字無し! よろしくっ!!」

「…………」
 じぃー、っと。
 古谷が隣に居る相棒を見たのも、この場合仕方ない事だと言える。
「知り合い?」
 装甲車後部のロックを開けながら、問う。
 青薔薇姫は無表情に言い切った。
「あんな騒がしい知り合いはいない。大体、さっきあの子は私と初対面だっただろう?」
「それもそうだよね」
 納得しながら重い足音にサイドミラーを見た古谷は、予想していなかったものを見て凍りつく。
 …………今まで、彼らの機体を見て驚いたり固まっていた者たちの気持ちが、今ようやく解ったような気がした。想像してないものが突然目の前に出されたら多少なりと人は言葉を失うらしい。
『準備できましたぁ?』
 のんきな声が人型の外部スピーカーから聞こえてくる。

 現れた人型は、そりゃもう見事な黄色で染められていたのだ。
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