出発

文字数 969文字

 よく晴れた朝だ。
 どこかを去るには相応しい、清々しさだ。
 少しだけ雲が浮かんだ青い空を見上げて古谷は大きく伸びをする。


 四号機運搬用の為に軍から人型が乗る装甲車一台が授与された。戦場での運用、そして長期の車上生活を考慮した特別設計であるという。古谷は年齢が足りないにも関わらず、無理やり運転免許を取らされた。青薔薇姫は、何故かすでに取得済みだった。
 こういう強引さが軍のダメなところだと思う。
 だがかろうじて免許制を維持しているだけマシなのかもしれない。
 戦時下ではそれすら曖昧になる可能性はあるのだろうから。


 隊からいなくなる二人を見送るために、隊員全員が揃っていた。
 青薔薇姫はもう運転席だ。彼女がこんな場面で一緒に並ぶのは違和感があるので古谷も呼び止めなかった。
 別れを待つ隊員たちに向かって古谷は一度頭を下げる。
「それじゃ、さよなら」
 にこやかにそれだけ言って、装甲車へと向かう。
 あれこれと挨拶が出来るほどこの小隊で長く所属していない。そう、半年もいやしなかった。だから大した思い出もなく、別れにこみ上げるものだってない。
 青薔薇姫の方はどうか分からないが、彼女の代わりに古谷があれこれ言うのもおかしい気がする。
「古谷っ!」
 誰かが名前を呼んでくる。
 めんどくさいな、とか思いつつ、笑顔のままもう一度振り返った。
 小隊に来たあの日、最初に古谷に話しかけてきた樋口が少し前に出て叫ぶ。
「お前も……青薔薇姫も、帰って来いよ! 俺達が待ってるから……うちの隊がバラけたって、みんな関東のどっかにはいんだからな!!」
 言われて驚きで目を見開いて、一瞬言葉に詰まる。

 短い付き合いだった。
 正直、誰に心開いたわけでもない。深い仲にもならず、互いをよく知ったりもない。

 だけど、何故か、その言葉は嬉しかった。
 もう一度、よく、別れる相手をみつめる。心に刻むように。
(次に会ったら、今度は少し正直に付き合ってみてもいいか)
 そう考えた古谷の顔に、笑顔が浮かぶ。何かの為に作ったわけではない、本当の。
「わかった……行って来ます!」


 助手席に乗り込んだ古谷を見ないで青薔薇姫はエンジンをかける。始まった振動を感じながら古谷は窓の外には目を向けずに俯いていた。
「いつか、戻って来よう」
「うん……」
 静かな青い少女の言葉に、少年は震える声で答えた。
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