身代わり酒

文字数 1,116文字

俺が街を歩いていると、若い女が道にビニールシートを広げているのが目についた。
何かを売っているらしい。
近づいて見ると、<身代わり酒>と書かれた、貧乏くさい紙が置かれている。

「おねえさん。<身代わり酒>って何?」
興味が湧いたので、取り敢えず訊いてみた。

女は脇に置いた袋から、小さな瓶を取り出して俺に見せた。
「これはですね。<身代わり酒>と申しまして、これを飲ませた方を、あなたの身代わりにすることができるお酒なのですよ」

「身代わりって、どういうこと?」
興味を持った俺は、更に尋ねる。

「例えばあなたが何か困ってらっしゃるとしますよね。その困りごとを、このお酒を呑ませた方に、肩代わりさせることができるのですよ」
「ほんとか?」

俺が疑わし気に訊くと、女は笑みを浮かべて言った。
「効果は覿面(てきめん)ですよ。一度お試しになって下さい。価格はたったの1,000円です」

俺は尚も半信半疑だったが、取り敢えず試してみようと思い、その酒を買ってみることにした。
実は、俺はかなりヤバい借金を抱えていて、その筋から追い込みを掛けられている最中だったのだ。

その夜俺は、知り合いのKを呼び出して、居酒屋で酒を呑むことにした。
はっきり言って俺はKが嫌いだった。
それにKは金持ちのボンボンだったので、仮に俺の借金を肩代わりさせても、さほど酷い目には会わないだろうと思ったのだ。

Kがトイレに行くために席を立った隙に、俺はKの焼酎グラスに、今日手に入れた<身代わり酒>を入れた。
そして売り手の女に言われた通りに、Kが焼酎を口にした時に、「俺の身代わりに」という科白を吐いた。

効果は覿面(てきめん)だった。
数日後知人から、Kがスジもん系の金融屋から取り立てにあい、大金を支払ったという噂を聞いたのだ。

俺は有頂天になった。
これで俺の借金はチャラだ。

そのお祝いということで、俺はダチのTを呼び出して祝い酒を呑むことにした。
2人で居酒屋で吞んでいて、酔っぱらった俺が、トイレから戻ると、何となくTがおどおどしている。

俺はその様子に首を傾げたが、取り敢えず焼酎を呷った。
その時Tが、小声で呟くのが聞こえた。

「俺の身代わりに」
それを聞いて、俺は一気に酔いが醒める。

「お前、今なんつった?」
俺が問い詰めると、Tは申し訳なさそうに、俺に手を合わせた。

「Fちゃん、ごめん」
「ごめんって、何だよ」

「俺さ、この間車運転してて、人()ねちゃって。その人死んじゃったんだわ」
「はあ?」

「だからTちゃん。悪いけど、俺の身代わりになって」
俺が激高して立ち上がろうとした時、後ろから肩を叩かれた。

振り向くと、スーツ姿の男が2人立っていた。
そのうち1人が、黒い手帳を見せながら言った。
「Tさんですね。署までご同行願えますか」
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