千年の恋

文字数 1,017文字

わたくしの名は琴音。
この社に奉納されし、琴の精でございます。

この世に生まれて以来、幾度もあのお方と巡り合い、決して契ることなく別れゆく定めの化生。
それが、わたくしに課せられた、宿業でございます。
そしてまた、わたくしはあの方と巡り合いました。

それは残暑きびしい日の、陽が沈もうとする時刻でありました。
懐かしき気配を感じたわたくしは、立ち止まり、振り向いたのでございます。
そしてわたくしはまた、あの方のお姿を見つけました。
この世に生を受けて一千年、一度たりとも見違うことのなかった、愛しいお姿でございました。

愛しい君は、此度もわたくしを追って、社に来てしまわれました。
またも繰り返される、悲しき定め。
あのお方がわたくしを追って、三度この社の鳥居を潜られた時、私はあの方の元から去らねばならない。

社を離れ、あの方と共に生きることができれば、どれほどの幸せでありましょうか。
されどわたくしは、この神域に縛られしもの。
社の主の許可なく、神域の外に出ることは叶わぬ身。

繰り返す別れに心を引き裂かれながらも、幾度もあの方との出会いを繰り返す。
そのように浅ましき思いの中で生きる、化生なのでございます。

次の日あの方は、社の近くでわたくしを待っておられました。
そしてわたくしを見つけると、懸命に駆け寄って来られます。
その姿が悲しく、わたくしはそそくさと鳥居の中に消えました。
これで二度、あの方は鳥居を潜られてしまいました。

また次の日、私が外から社に戻りました時、鳥居の向こうにあの方のお姿がありました。
あまりの切なさに、わたくしは姿を消し、そっとあの方の後ろに回りました。

「三度わたくしを追って、鳥居を潜られたのですね」
後ろからお声をかけると、愛しい君は私を抱きしめて下さいました。
人の温もりが、わたくしを優しく包んでくれます。
既にこの方は、わたくしが化生であると、分かっておられるのでしょう。

わたくしは、愛しい君の耳元で囁きました。
「化生にも、思いはありますのよ。でも、わたくしは、もう去らなければなりません」
わたくしは去り際に、愛しい君の二の腕に爪を立てておりました。

愛しい君は、暫くの間意識を失い、鳥居にもたれて座っておられました。
その二の腕には、浅く、しかしくっきりと、わたくしの5本の爪痕が残っております。
それが、此度わたくしが、愛しい君と出会った証し。

そのお姿を社の陰から見守りながら、わたくしは強く念じました。
次にお会いする時は、必ず。
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