警備員
文字数 1,855文字
僕は今日から、警備員として働くことになった。
「イトウ君。このビルだよ」
僕を案内してくれたのは、ササキさんという、少し厳つい顔の大きな人だった。
ビルの警備員室に入ると、年配の小柄な人が席に座っていた。
僕やササキさんと同じ制服を着ているので、同じ会社の人なのだろう。
「じゃあ、今から明日の朝まで、よろしくね。6時になったら、俺が交代に来るから」
そう言ってササキさんは返って行った。
不思議だったのは、ササキさんと先に来ていた人が、一言も言葉を交わさなかったことだ。
それどころか、帰って行くササキさんを、その人は険しい目で睨んでいた。
――仲が悪いのかな。
僕はあまり気にしないことにした。
「こんにちは。わしはヒロタと言います。今晩一晩よろしくね」
それまでとは打って変わって、その人は温厚そうな顔を僕に向けて挨拶してくれた。
「イトウです。こちらこそよろしくお願いします」
僕も慌てて挨拶を返した。
「じゃあ、早速見回りに行こうか。3時間おきにビル内を見回る決まりになってるんだよ。だから最初は一緒に回って、次からは交代で1人ずつ見回ることにしようね」
ヒロタさんはそう言って、僕を促した。
ビルは4階建ての小さな造りで、全部見回ってもそれ程時間は掛からないようだ。
「ヒロタさんは、警備員は長いんですか?」
「そうだね。結構長いね」
僕が興味本位で訊くと、ヒロタさんはニコニコしながら応えてくれる。
とても感じのいい人だ。
僕は少し調子に乗って訊いてみた。
「じゃあ、今まで何か怖い経験とか、されてるんですか?」
「世間で言う、怪談みたいなことかい?」
「ええ、そんな話です」
「実際はそんなことは起きないんだよ。例えば、この鏡」
ヒロタさんは、階段の踊り場の壁に取り付けられた、鏡を指さす。
「この鏡は、各階にあるんだけど、4階だけ外されてるんだ」
「どうしてですか?」
「嫌な話なんだけどね。以前、このビルに警備員の制服を着て、強盗に入った輩がいてね。その時ビルにいた気の毒な警備員が、4階まで追い詰められて殺されたらしいんだよ。その人が鏡にぶつかった拍子に、割れてしまったらしくて、以来、そのままなんだそうだ。強盗はその後掴まって、死刑になったらしいけどね」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、本当にあったことらしいよ。それで怪談話なんだけど。夜中に4階に上がると、ないはずの鏡が…」
ヒロタはそこで言葉を切って僕を見た。
僕は思わず固唾を飲んでしまう。
「そこにあるなんてことは、実際にはないんだよ。ほら」
そう言ってヒロタさんが指さした先には、確かに鏡は掛かっていなかった。
「脅かしてごめんね。まあ、怪談話なんてそんなもんだから」
「そうですよね」
僕はヒロタさんに頷きつつも、内心かなりビビっていた。
――夜1人で見回っている時に、鏡があったらどうしよう。
そして3時間後、その時がやって来た。
――あんな話、聞かなきゃよかった。
僕は後悔しながら、静まり返ったビル内を、1階ずつ見回っていく。
そして遂に4階の踊り場まで来ると。
そこに鏡はなかった。
ホッとした僕は、急いで1階の警備員室に戻った。
そして6時間後、また僕の番が回って来た。
夜中の3時。
正直言って、さっき見回った時より怖い。
そして。
4階にはやはり鏡はなかった。
――よかったあ。これで終わりだ。
僕が警備員室に戻ると、ヒロタさんが笑顔で出迎えてくれる。
――やっぱり、怪談なんて作り話だよな。
そして明け方、6時少し前。
「じゃあ、わしは最後の見回りに行ってくるよ」
そう言ってヒロタさんは、最後の見回りに出かけて行った
すると暫くして、ササキさんが交代にやって来る。
「おはようございます」
「おはよう、イトウ君。昨日はどうだった?」
「ヒロタさんがいてくれたんで、何とか無事に終わりました」
僕が応えると、ササキさんは怪訝な顔になる。
「ヒロタ?誰それ?」
「えっ?昨日一緒に警備した方ですよ。今、最後の見回りに行ってます」
ササキさんは更に怪訝な表情で言った。
「そんな人いないでしょ。こんな小さなビルに、2人も警備員を配置しないよ」
――えっ?!それじゃあ、あのヒロタさんは誰?
――もしかして、強盗に殺されたというのは…。
「イトウ君。そいつに騙されちゃ駄目だよ」
その時突然警備員室のドアが開き、ヒロタさんが入って来た。
ササキさんは、ヒロタさんに険しい目を向ける。
「思い出しなさい。そいつが、わし達を殺した、強盗野郎じゃないか」
――えっ。殺した?わし達?!
突然僕の記憶が蘇る。
そうだ。
あの時僕は。
4階の鏡の前で。
この男に。
殺されたんだ。
了
「イトウ君。このビルだよ」
僕を案内してくれたのは、ササキさんという、少し厳つい顔の大きな人だった。
ビルの警備員室に入ると、年配の小柄な人が席に座っていた。
僕やササキさんと同じ制服を着ているので、同じ会社の人なのだろう。
「じゃあ、今から明日の朝まで、よろしくね。6時になったら、俺が交代に来るから」
そう言ってササキさんは返って行った。
不思議だったのは、ササキさんと先に来ていた人が、一言も言葉を交わさなかったことだ。
それどころか、帰って行くササキさんを、その人は険しい目で睨んでいた。
――仲が悪いのかな。
僕はあまり気にしないことにした。
「こんにちは。わしはヒロタと言います。今晩一晩よろしくね」
それまでとは打って変わって、その人は温厚そうな顔を僕に向けて挨拶してくれた。
「イトウです。こちらこそよろしくお願いします」
僕も慌てて挨拶を返した。
「じゃあ、早速見回りに行こうか。3時間おきにビル内を見回る決まりになってるんだよ。だから最初は一緒に回って、次からは交代で1人ずつ見回ることにしようね」
ヒロタさんはそう言って、僕を促した。
ビルは4階建ての小さな造りで、全部見回ってもそれ程時間は掛からないようだ。
「ヒロタさんは、警備員は長いんですか?」
「そうだね。結構長いね」
僕が興味本位で訊くと、ヒロタさんはニコニコしながら応えてくれる。
とても感じのいい人だ。
僕は少し調子に乗って訊いてみた。
「じゃあ、今まで何か怖い経験とか、されてるんですか?」
「世間で言う、怪談みたいなことかい?」
「ええ、そんな話です」
「実際はそんなことは起きないんだよ。例えば、この鏡」
ヒロタさんは、階段の踊り場の壁に取り付けられた、鏡を指さす。
「この鏡は、各階にあるんだけど、4階だけ外されてるんだ」
「どうしてですか?」
「嫌な話なんだけどね。以前、このビルに警備員の制服を着て、強盗に入った輩がいてね。その時ビルにいた気の毒な警備員が、4階まで追い詰められて殺されたらしいんだよ。その人が鏡にぶつかった拍子に、割れてしまったらしくて、以来、そのままなんだそうだ。強盗はその後掴まって、死刑になったらしいけどね」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、本当にあったことらしいよ。それで怪談話なんだけど。夜中に4階に上がると、ないはずの鏡が…」
ヒロタはそこで言葉を切って僕を見た。
僕は思わず固唾を飲んでしまう。
「そこにあるなんてことは、実際にはないんだよ。ほら」
そう言ってヒロタさんが指さした先には、確かに鏡は掛かっていなかった。
「脅かしてごめんね。まあ、怪談話なんてそんなもんだから」
「そうですよね」
僕はヒロタさんに頷きつつも、内心かなりビビっていた。
――夜1人で見回っている時に、鏡があったらどうしよう。
そして3時間後、その時がやって来た。
――あんな話、聞かなきゃよかった。
僕は後悔しながら、静まり返ったビル内を、1階ずつ見回っていく。
そして遂に4階の踊り場まで来ると。
そこに鏡はなかった。
ホッとした僕は、急いで1階の警備員室に戻った。
そして6時間後、また僕の番が回って来た。
夜中の3時。
正直言って、さっき見回った時より怖い。
そして。
4階にはやはり鏡はなかった。
――よかったあ。これで終わりだ。
僕が警備員室に戻ると、ヒロタさんが笑顔で出迎えてくれる。
――やっぱり、怪談なんて作り話だよな。
そして明け方、6時少し前。
「じゃあ、わしは最後の見回りに行ってくるよ」
そう言ってヒロタさんは、最後の見回りに出かけて行った
すると暫くして、ササキさんが交代にやって来る。
「おはようございます」
「おはよう、イトウ君。昨日はどうだった?」
「ヒロタさんがいてくれたんで、何とか無事に終わりました」
僕が応えると、ササキさんは怪訝な顔になる。
「ヒロタ?誰それ?」
「えっ?昨日一緒に警備した方ですよ。今、最後の見回りに行ってます」
ササキさんは更に怪訝な表情で言った。
「そんな人いないでしょ。こんな小さなビルに、2人も警備員を配置しないよ」
――えっ?!それじゃあ、あのヒロタさんは誰?
――もしかして、強盗に殺されたというのは…。
「イトウ君。そいつに騙されちゃ駄目だよ」
その時突然警備員室のドアが開き、ヒロタさんが入って来た。
ササキさんは、ヒロタさんに険しい目を向ける。
「思い出しなさい。そいつが、わし達を殺した、強盗野郎じゃないか」
――えっ。殺した?わし達?!
突然僕の記憶が蘇る。
そうだ。
あの時僕は。
4階の鏡の前で。
この男に。
殺されたんだ。
了