新入社員

文字数 1,938文字

今年も4月がやってきた。
つまり大学を出たての新入社員が、入社してくるということだ。
俺は人事部で社員研修を担当する部署にいるので、いつもこの時期は多忙になる。

自分たちの新卒の頃と、最近の違いで一番大きいと感じるのは、出社時に会社の前まで親が同伴してくる連中を、ちらほら見かけることだ。
もちろん毎朝という訳ではなく、最初の出社日限定なのかも知れないが、それでも時代の違いを感じてしまうのは、俺だけなのだろうか。

入社式が終わり、人事のオリエンテーションを済ませると、2日目から本格的な研修が始まる。
今年の新卒は50名、男女比も大体半々である。

その中に1人気になる子がいた。
Kという太った男子で、見るからにおとなしそうな印象だ。

Kは、他の同期連中が、研修の合間に和気藹々としている輪に、1人だけ決して入らず、いつも研修室の隅でぽつんと座っている。
昼食も毎日弁当を持参して、1人で食べているようだった。
最初は話し掛けていた同期もいたが、やがて誰もKに関わらなくなってしまった。

研修が始まって1週間ほど経った時、俺は妙なことに気づいた。
研修室の外から、中の様子を伺っている女性がいるのだ。

もちろん、ずっと研修室の外に立っている訳ではなく、見ないこともあるのだが、研修中にふと気がつくと、そこにいるのだった。
少し不審に思った俺が、研修を終えて声を掛けようと外に出ると、いなくなっている。
そんなことが何回か続いた。

ある日俺が研修室に入ると、何やら揉め事が起こっていた。
Fという同期の男子社員が、Kに向かって、何か文句を言っているようだ。
Kは黙って俯いている。

Fは少しヤンチャな雰囲気のある子で、同期の中で悪目立ちする1人だった。
俺が事情を訊いてみると、同期の飲み会の誘いを断ったKに対してFが、付き合いが悪いといった趣旨の文句をつけていたらしい。
俺は、同期だからといって、強制するのはよくないとFを諭して、席に戻らせた。

そして研修を始めようとして、偶々研修室の外を見た俺は、例の女性が室内を凝視していることに気づいた。
どうもFを睨んでいるように見える。
俺は不審に思ったが、研修生を待たせるわけもいかず、そのまま研修を始めた。

そして翌日から、Fは会社に出て来なくなった。
人事部から連絡を取ってもらったが、本人とは音信不通で、家族も消息が分からないようだった。
結局Fの消息は分からず、家族から警察に捜索願が出されたようだ。

その日研修を終えて外に出た俺は、廊下の隅でKが例の女性と話しているのを見かけた。
しかし俺が声を掛けようとして近づいて行くと、女性はそそくさと歩き去ってしまう。
後に残ったKに、俺は女性の素性を訪ねた。

「あれは僕の母さんです」
「えっ?K君のお母さんって、うちの会社の社員なの?」
俺が驚いて尋ねると、Kは首を横に振る。

「じゃあ、どうして会社の中に入って来られているのかな?出入口にはセキュルティーが掛かっているはずだけど」
「母さんは、僕がいくら言い聞かせても、いつもついて来るんです。すみません」
Kはそう言い残すと、逃げるように走り去ってしまった。
その後姿を見送った俺は、さすがに放っておくこともできないと思い、人事担当者に状況を報告した。

翌日出社した俺に、人事担当者のMが不審な表情で近づいて来る。
「Sさん。昨日ご相談のあったK君の件ですが」
「どうかしましたか?」
「お母さんが、会社に来ているというお話でしたよね」
「ええ、K君本人がそう言ってましたので」
おれの返事を聞いたMは、難しい顔をして首をひねる。

「一応、会社に出されている人事情報では、K君の母親は12年前に亡くなってるんですよねえ。Sさんの聞き間違いじゃないんですか?」
「それ、本当ですか?しかし昨日本人は、はっきりと『お母さん』と言っていましたよ」
「うーん。でも、人事情報も本人が届け出たものですからねえ。もう一度K君に確認していただけませんか?」
「分かりました」

俺は不得要領のままMに返事を返し、少し早めに研修室に向かった。
Kは既に出社していて、いつもの席にぽつんと座っている。
俺はKを研修室の外に呼び出し、事情を訊くことにした。

「K君、昨日の続きなんだけど」
するとKは怯えた表情で、突拍子もないことを言い出した。
「何でしょうか?もしかして、F君のことですか?」

「F君?君、F君のこと、何か知ってるの?」
俺は驚いて問い質す。
「F君は、お母さんが連れて行きました」
「どこへ?」

俺が思わずKの肩を掴んで問い質すと、後ろから声が掛かった。
「Sさん。息子に手荒なことをするのは、止して下さいませんか」

振り向くと、そこには例の女が立っていて、上目遣いに俺を見ている。
女は、人の姿かたちをしていたが、明らかに人ではなかった。
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