写真館

文字数 1,254文字

俺は1人フラフラと街中を彷徨っていた。
何故今ここにいるのか、記憶が定かでない。
それ以前に、自分が誰なのかを思い出せない。

暫く歩いていると、左手に古びた写真館があった。
ショウウィンドウはなく、看板がなければ写真館と分からなかっただろう。

俺はその店の前で立ち止まる。
何故だか無性に入りたくなって、気づいた時には、古い木製扉の取っ手を引いていた。

あまり明るくない店の奥で、小柄な老人が何かの作業をしている。
俺が中に入ると、その店主らしい老人が、無言で一瞥をくれた。
あまり愛想はよくないようだ。

「写真を見てもいいかね?」
壁に飾ってある沢山の写真を見て、俺は老人に訊ねる。

「ご自由に」
返ってきたのは、愛想のない一言だった。

最初に目についた1枚は、満面に笑顔を浮かべた少女の写真だった。
4、5歳くらいだろうか。

その次に、その少女が両親らしい男女に挟まれている写真が飾られている。
幸せそうな家族のポートレートだ。

次の写真を見て、俺は顔を顰める。
壁にもたれて床に座っている、血まみれの父親の写真だったからだ。

前の写真で幸せそうに笑っていた顔が、虚ろな目を向けている。
着ているシャツのあちこち破れ目があり、明らかに滅多刺しにされた死体の写真だった。

次に飾られた写真も同様だった。
おそらく母親と思われる女性が、うつぶせに倒れている。
その背中は大きくX字に切り裂かれ、夫同様、服は血まみれだった。

その次の写真は、俺が予想した通りのものだった。
いや、俺の予想を超えていた。

それは首を真一文字に切り裂かれた少女の写真だった。
大きな傷口が生々しく写っている。

そして少女の眼は、これ以上ないほど見開かれていた。
その眼が、少女が味わったであろう恐怖を、如実に表しているようだ。

そして少女の写真の隣に、最後の写真が飾られていた。
俺はその写真を見たくなかったのだが、どうしても見なければならないという衝動に駆られ、遂にその前に立ってしまった。

その写真は仰向けに倒れた男の写真だった。
その顔は、誰だか分からないほど、ぐしゃぐしゃに潰れていた。

しかし俺には、その男が誰なのかはっきりと分かった。
男の着ている服に見覚えがあったからだ。
それは、俺が今着ている服だった。

その時俺は、すべてを思い出した。
あの3人は、おれが殺したのだ。

強盗に入り、まず父親を滅多刺しにした後、子供を庇った母親の背中を大きく切り裂いた。
そして最後に、泣き叫ぶ少女の髪を掴んで、首を切り裂いたのだ。

俺は、自分が残忍な犯罪者だったことを明確に思い出した。
その後警察に追われた俺は、逃走中に警官に見つかり、背後から拳銃で頭部を撃たれたのだった。
それが最後の写真だ。

「思い出したようだね」
その声に振り向くと、背後に小柄な老人が立っていた。

老人は俺に宣告した。
「思い出したのなら、行くべき所に行ってもらわなきゃな」

俺は老人の指さす先に目を向ける。
そこには開け放たれた入口の木製扉があった。

その向こう側から、禍々しい空気が吹き込んでくる。
――ああ、俺はこれから、地獄とやらに堕ちるんだ。
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