人形堂

文字数 803文字

私の住む街に、『人形堂』という屋号の店がある。
その名の通り、人形を商っている店だ。
陳列されている中には、年季の入った人形もあったので、古い人形を引き取って、修繕した上で売るようなこともしているのかも知れない。

店の入口の両サイドは、大きなショーウィンドウになっていて、大小の人形が陳列されている。
その中で、1か所だけ人形が置かれていないスペースがあり、私はそのことが、いつも気になっていた。

通る度に確認するのだが、他の人形は入れ替わっても、そこだけはずっと空いたままだった。
――ここって、どんな人形が飾られていたのだっけ?
思い出せそうで思い出せない。

そうこうするうちに、私は『人形堂』のことをすっかり忘れてしまった。
結婚したからだ。

妻は、夫の私がいうのも何だが、凄い美人だ。
色白で、目鼻立ちがくっきりしているのもそうだが、顔が左右完璧といってよい程のシンメトリーなのが、その美しさを際立たせていた。

妻にも私にも、親兄弟や親類縁故が一人もいなかったので、結婚式はせずに、婚姻届を役所に出すだけで済ませた。
婚姻届に書かれた妻の本籍地は、この街になっていた。

こんな美人が住んでいれば、街の噂になっていただろうと思うのだが、妻と出会うまで、そんな噂は一度も聞いたことがなかった。
そう言えば、妻といつどこで出会ったのか、何故か思い出すことができない。

ある日妻と街を歩いていて、偶々『人形堂』の前を通りかかった。
「あら、人形のお店があるわ。入ってみましょうよ」
そう言いながら妻は、私を店の中に誘った。

店の中は薄暗く、壁一面に大小の人形が飾られている。
奥のカウンターに店主らしい人影があったが、暗くてその表情はよく見えなかった。

その時突然、その影から掠れた声が流れてきた。
「おや。良いつがいを見つけて帰ってきたようだね。早速作り変えるとしよう」
そして私は、『人形堂』のショーウィンドウに、妻と並んで飾られることになった。
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