再生の壺

文字数 1,392文字

まだ24歳だというのに、人生に行き詰ってしまった。
最初に躓いたのは、大学受験だった。
いや、その前からだったかな。

志望校にはことごとく落ちてしまい、結局二流の私学になんとか引っかかった。
大学は4年で卒業することができたが、今度は就職に失敗してしまった。
というよりも、就職できなかった。

別に就職する気がなかった訳ではなく、結構頑張って何10社も受けたのだが、どこにも採用されなかったのだ。
――どうしてだろう。
最後に受けた会社から、不採用の連絡を受けた時、俺は心底落ち込んでしまった。

以来、バイトで食いつなぎながら、ネットカフェを転々として暮らしている。
高校生の頃から、親とは折り合いが悪く、今更頼る気にもならない。
アパートを借りる金がないから住所が定まらず、住所が定まらないから就職もできない。
そんな悪循環が続いていた。

だからと言って、死のうとは思わない。
別に生きようという意志が強いわけではなく、単に死ぬのが怖いだけだ。
我ながら、本当に情けない人生だと思う。

――このままでは駄目だ。なんとかしないと。
以前はそんなことを思っていたが、今では、そんなことを考える気力も湧いてこない。
――俺の人生は、このまま終わるんだろうか。
そんなことを思いながら、毎日を、ただ流されて生きている。

そんなある日。
バイト帰りに今日のねぐらに向かって歩いていると、道端にビニールシートを広げて、何かを売っている若い女の人がいた。

自費制作のCDでも売っているのかなと思いながら、前を通り過ぎようとした時、<人生再生の壺>と書かれた粗末な紙が、目の端に引っかった。
立ち止まって見ると、ビニールシートの上に、小さな灰色の壺がいくつも置かれている。

「壺にご興味がおありですか?」
女の人に声を掛けられた俺は、
「この壺は何なのですか?」
と、思わず訊いてしまう。

「この壺は、買った方の人生を再生してくれる壺です」
「人生を再生ですか」
「はい、その通りです。お値段は30円と、とてもお買い得ですよ」

――30円か。
そう思った俺は、
「これは、どんな風に使うものなんですか?」
と、女の人に訊く。
何故だか、知りたい気分になっていたのだ。

「壺の中に、あなたの髪の毛を1本入れて下さい。そして暫くお待ちいただいたら、あなたの人生は再生されます」
正直言って、そんなことがある訳ないと思ったのだが、30円という値段に、俺はつい、壺を1個買ってしまった。
多分、人生を何とかしたいという気持ちが、少しは残っていたからだろう。

ネットカフェの個室に入った俺は、早速髪の毛を1本抜いて、壺の中に入れてみた。
しかし何も起こらない。
――そりゃそうだわな。30円だもんな。
自嘲気味にそう思った俺は、壺を置いてシャワーを浴びに個室を出た。

シャワールームから戻って、壺を見ると、小刻みに揺れている。
――何だろう?
そう思いながら壺を見ていると、中から何かが出てきた。

よく見るとそれは、人間の指のようだった。
指はもがくように動いて、じわじわと外に出てくる。
指はやがて5本に増え、手の平、腕と続いた。
そして首が現れ、胴が続き、最後に両足が壺から出てきた。
僕の前に現れたのは、僕だった。

目の前の僕は言った。
「これから、俺がお前の代わりに、お前の人生を生きてやろう。お前はもう用なしだ」
そしてその僕は、僕の頭を掴むと、壺の中に押し込んだ。
中は真っ暗で、僕の絶望で満ちていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み