事故物件

文字数 1,983文字

不動産会社の新入社員T君は、今日先輩社員のBさんについて、外回りの実習に来ていた。
場所は都内の住宅地にある、小さなアパートだ。
内覧希望のUというお客さんを案内して、現地に到着したのは午後3時過ぎだった。

Uさんはかなりお喋りなお客さんで、現地に向かう車中、ずっと喋り通しだった。
「俺、フリーター何ですけど、YouTuberもやってるんですよ。あ、ご心配なく。最低限の収入はありますんで、家賃滞納とかしたことないんで」

――じゃあ、どうして引っ越すんだろう?
T君は思ったが、口にはしない。

「お客さん。一応事務所でもお話しましたけど、これからご案内するアパートは事故物件なんですよ」
Bさんの言葉に、Uさんは軽いノリで返す。
「はい、はい。聞いてましたよ。事故物件。いいっすねえ。俺、YouTuberやってるじゃないですか。ぜひ幽霊かなんか撮って、アクセス数爆上がり狙いたいっすよねえ。その部屋で自殺した人がいたとか、そんな感じっすかねえ」

「いえ、自殺ではないです。おそらく病死や事故死でもないんです」
Uさんの軽さにT君は呆れたが、Bさんは淡々と仕事をこなす。さすがだ。

「え、もしかして殺人とかですか?」
「それも違います。一応告知義務があるのでお伝えしますけど、その部屋の入居者が、何人も行方不明になってるんですよ」

それはT君も初耳だったのだ、運転しながら思わず聞き耳を立てた。
「行方不明っすか。ますますミステリーじゃないですか。宇宙人に誘拐されるとか、そんな系統ですかね」
「いや、その辺りは私たちには分からないんですけど…」

Bさんが口を濁したところで、一行は現地に到着する。
目的のアパートは、1階建て横並び3部屋の小さな物件だった。

「へえ、ここっすか?思ってたより外観綺麗じゃないっすか。中見てもいいっすか?」
Bさんが左端の1号室の鍵を開け、Uさんを案内する。

中は小奇麗な1DKで、壁や天井に妙なシミがあったりもしない。
フローリングの床も真新しい感じだった。

中を見回したUさんは、うきうきした表情でBさんに質問する。
「ここって、マジであの激安家賃で借りれるんですか?」
「はい、その点は間違いありません。敷金、礼金なども不要です」
確かにこの部屋の家賃は、都内ではありえない超低価格だった。

「他の2部屋って、誰か住んでるんすかね?もしかして反社の人が占拠してるとか」
「いえ、他の部屋は空き部屋です。大家さんのご意向で、貸していないんですよ」
T君はその説明を聞いて不審に思ったが、勿論余計な口は挟まない。

「了解っす。むっちゃ気に入ったんで、早速契約したいんですけど、いいっすかね?」
Uさんは、相変わらずの軽いノリで即決したようだ。

「念のためにもう一度確認しますが、事故物件でも構わないですね?」
Bさんが念を押しても、Uさんの決意は変わらず、結局その日のうちに契約を済ませた。

3日後に引っ越しを済ませたUさんは、その夜ワクワクしながら、何かが起こるのを待っていた。
夜も更けて、その日は何も起こらないかと、Uさんが諦めかけた時。
突然部屋の壁に大きな穴が開き、Uさんはアッと思う間もなく吸い込まれてしまった。

更に3日後。
T君はBさんに連れられて、件のアパートにUさんの様子を見に行くことになった。
現地に着いて1号室の鍵をBさんが開ける。

――勝手に入っていいのかな?
T君は思ったが、先輩のBさんがすることなので、黙っていた。

部屋の中はもぬけの殻だった。
「やっぱりか」
Bさんは呟くと、今度は右端の3号室に向かった。

鍵を開けて中に入るBさんに続いたT君は、思わず絶句してしまった。
室内に白骨が1体、転がっていたからだ。

もの問いたげなT君を制して、Bさんは携帯電話を取り出し、警察に通報した。
電話を切ってT君を見たBさんは、分かっているという風に頷く。

「これで8人目なんだ。もうすぐ警察が来るけど、多分今度も原因不明で終わると思う」
「それって、大事件じゃないですか。どうしてマスコミが騒がないんですか?」
「俺もよく分からんのだが、何故か警察の捜査も中途半端だし、世間も騒がないんだよな」

Bさんの言葉にT君は驚きを隠せない。
「でも、どうして1号室の入居者が、3号室で白骨に…」
「そこもよく分からんが、多分1号室が口で、2号室で消化されて、3号室に排泄される、みたいな感じなのかな」

「え?じゃあ、2号室って、中はどうなってるんですか?」
「それがな。2号室だけは鍵がなくて、どんなことをしても扉が開かないんだよ。以前警察が壊して入ろうとしたが、びくともしなかったらしい」

「こんな物件、取り扱うのって、結構やばいじゃないですか。どうして」
「かなりべらぼうな管理料を貰ってるって話だ」

何か言い募ろうとするT君を制して、Bさんは言った。
「この手の物件は、都内に数え切れないほどあるから。君も早く慣れてくれ」
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