20年前

文字数 1,215文字

実家に帰るのは7、8年ぶりだった。
別に東京での暮らしが気に入っているとか、仕事が忙しいとかではなく、単に田舎が嫌だったからだ。

今回帰省したのも、先日亡くなった叔父の葬儀に出席するためで、終わればすぐに東京に帰る予定だった。
久しぶりに帰った私を、両親も兄夫婦も歓迎してくれたが、それも只々鬱陶しいと感じるだけだった。

叔父のお通夜の後、実家のキッチンでビールを飲みながら(ぼお)っとしていると、母が私の前に座った。
「そう言えば、和香(わか)ちゃんは残念だったわねえ」

「和香ちゃん?」
私は咄嗟に思い出せず、怪訝な顔を母に向ける。

「ほら、あなたの小学校の同級生で、仲良かったじゃないの」
母に言われて、私は漸く朧げな記憶を蘇らせた。

和香という子は子供の頃、いつも私にベタベタとくっ付いていた子だ。
正直私は鬱陶しかったのだが、特に害もなかったので、放っておいたのだった。

「和香ちゃんがどうかしたの?」
大して興味はなかったのだが、話の流れで私は訊いていた。

「あの子、体が弱かったじゃない。子供の頃から長く患っていて、ついこの間亡くなったのよ。若いのに可哀そうにね」
母は大して同情もしていないくせに、さも気の毒そうな表情を作る。
正直私はどうでもよかったので、適当に母の話を切り上げると、自分の部屋に戻った。

その夜。
私は何かに呼ばれ、夢遊病者のように実家を出た。

ふらふらと裏のブナ林を歩いていると、前方に淡く光る物があった。
怖いという心とは裏腹に、私の足はその光に引き寄せられていった。

光っている物は、小さな和人形だった。
人形は何故か宙に浮いていて、無機質な眼差しを私に向けている。

その時私の後ろから声が掛かった。
「早紀ちゃん、久しぶり。元気だった?」

私は直感的に、それが和香ちゃんだと悟った。
その時、目の前の人形が、するすると私に近寄って来た。

和香ちゃんは、後ろから私の両腕を掴んで、人形の手足を握らせる。
そして無造作に人形の腕を引きちぎった。

「20年前のあの時、この場所で、早紀ちゃん私の人形の腕を、こうやってもいだでしょ?」
何故か私は和香ちゃんに抗えず、なすがままになる。

「それから足ももいだよね?」
そう言いながら和香ちゃんは私の手を操り、人形の足を引きちぎった。

私はその時のことを段々と思い出してきた。
そうだ。私は和香ちゃんが持っていた人形が羨ましくて、意地悪で人形の手足をもいだのだ。

「最後に人形の首をもいだよね」
私の腕は、和香ちゃんのなすがままに、人形の首を引きちぎる。
私の手の中で、人形は無念の表情を浮かべていた。

「いいんだよ、早紀ちゃん。人形が壊れてとても悲しかったけど、早紀ちゃんだから許してあげたの。だって」
私はその後の言葉を聞くのが、とても怖かった。

「だって、私は早紀ちゃんが大好きだったから。出来たら早紀ちゃんになりたかったから」
恐怖のあまり私は声を失っていた。
「だからね、早紀ちゃん。そろそろ私があなたに、取って代わってもいいよね?」
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