忌地
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そういう場所には、特に何かの謂れがあるという訳でもないのだろう。
いつの間にか何となくそこに出来ている、そんな
これは俺が若い頃に経験した話だ。
その頃は今のように携帯電話が普及していた訳でもなく、CDウォークマンが若者の間で、もてはやされていた時代だった。
当時の俺も例外ではなく、今の若い連中が歩きスマホに夢中になっているように、大音量の楽曲を聞きながら歩いていた。
その日俺は偶々、ビルの間にあった、その路地に入って行った。
理由は単純で、大通りに出るのに近道だと考えたからだ。
路地は結構長く、ビルに挟まれていたため、真昼間なのに薄暗かったのを覚えている。
入って少し行った場所に、マネキンが1体落ちていた。
服は着ておらず、顔には眼と口がプリントされている。
特に気にすることもなく通り過ぎようとした時、俺は何かに足首を掴まれた。
足元に目を落とすと、マネキンの手が俺の足首を握っていた。
無表情な顔が、俺を見上げている。
俺は訳の分からない声をあげながら、猛然と走り出した。
しかしマネキンも、俺に引き摺られてついて来る。
少し行くと足が軽くなったので、速度を落として振り向くと、俺の足を掴んだ腕が外れて、体を置き去りにしていた。
しかし束の間、片腕だけになったマネキンが、猛然と地面を這いながら近づいて来るではないか。
その顔は、明らかに笑っていた。
俺は再び、猛然と走り出した。
――早くこの路地を抜けなければ。
そのことだけを考えていたと思う。
やっとの思いで、人通りのある場所に出ると、俺の足を掴んでいた腕は消えてなくなっていた。
恐る恐る路地の中を見ると、マネキンは元居た場所に置かれていた。
これが、俺が体験したことのすべてだ。
俺は、あのマネキン自体が忌むべき物だったのではなく、あの場所が忌地だったのだと思っている。
何故ならあの時、路地に置かれたマネキンの上に、黒く
この話を誰かにすると、白昼夢を見たのだと、馬鹿にされることが多い。
しかし俺は、あの体験が夢などではないことを知っている。
何故ならば、あれから20年以上経った今でも、俺の足首にはマネキンの手の跡がくっきりと残っているからだ。
了