事故物件2

文字数 2,844文字

こんにちは。
僕のことを憶えておられますか。
以前都内の事故物件のお話(第53話参照)の時にお目見えした、不動産会社社員のTです。

あれから僕は、先輩社員のBさんから色々と営業の基礎を叩き込まれまして、今ではいっぱしの営業マンとして働いています。
今日も都内の物件の内乱に、お客さんを案内しているところなんです。

今日の物件なんですが、()には事故物件ではないんです。
つまり居住者の自殺、病死、殺人、ついでに言えば失踪の類は起こっていないんですね。

ですので、不動産屋としては、表向きお客さんに勧めにくいという訳でもないんです。
でも少しややこしいというか、困った物件なんです。

何はややこしいかですか?
それは――おっと現着しました。
お客さんを案内しないといけないので、ここで失礼しますね。

***
今日案内しているのは、Wさんという会社員の方です。
転勤で都内に引っ越して来られるようですね。

「ここですか?結構小奇麗なマンションですね」
Wさんは外観を見て、気に入られたようです。

「中を見られますよね」
そう言って僕は、玄関のカギを開け、Wさんを室内に案内しました。

その部屋は2階にある2DKの角部屋で、賃料もリーゾナブルなので、お客さんにお勧めしやすい物件ではあるんですよね。
Wさんも室内を見て、かなり気に入られたようです。

結局話はトントン拍子に進んで、Wさんはその日のうちに契約してくれました。
そして件の部屋に入居されたんです。

***
Wさんは引越しを終えて、荷物の整理もある程度済んだので、缶ビールを開けて寛いでいました。
すると目の前に、女性の幽霊が現れたのです。

「ちっ。男か。仕方ないわね」
幽霊は、Wさんを見て舌打ちしました。

唖然としたWさんは、幽霊に問いかけました。
「あなたは、もしかして…」

「見れば分かるでしょ。幽霊よ。幽霊」
女は馬鹿にしたように吐き捨てます。

「それで、どのようなご用件でしょうか?」
Wさんが、おずおずと尋ねると、幽霊は「ふん」と鼻を鳴らします。

「この部屋はね。入れ替わりの部屋なの」
「入れ替わりの部屋、ですか…」

「そう。この部屋には代々幽霊が住んでいてね。新しい住人が来たら、その人と入れ替わる決まりなのよ」
「入れ替わるというのは?」

「呑み込みが悪い男ね。つまり、幽霊が入居者の体を乗っ取って、入れ替わるってこと。私もついてないわ。よりによって、こんなしょぼい男とわね」
幽霊はそう吐き捨てると、あっという間にWさんの体を乗っ取ってしまいました。

身体から追い出されたWさんの霊は、自分の体を乗っ取った女幽霊に訊きました。
「僕はこれからどうしたら」

「ああ、あんたね。次の住人が来たら、私がやったみたいに、体を乗っ取ったらいいのよ。そしてその人の代わりに、その人の人生を生きるの」
Wさんの霊は、意味がよく呑み込めず、困惑してしまいました。

「そんなに難しく考えることないわよ。すぐに慣れるから。それじゃあ、もう遅いから、私は寝るわね」
そう言って実体のWさんは、さっさと布団に潜り込んでしまいました。

***
Wさんが、部屋の解約のために会社を訪れたのは、その翌日でした。
応対に出た僕は、Wさんを見て思わず溜息をつきます。

「今回は早いですね」
するとWさんは、驚いた顔で言いました。
「あら、あなた。何が起こったのか、分かってるみたいね」

僕は答えます。
「もちろんです。何しろ僕も、あの部屋で入れ替わった口ですから」


第69話 夢
ある日私は夢を見ました。
夢の中で私は、とても素敵な男性と出会いました。

ハンサムで、優しくて、そしてお金持ちで。
申し分のない男性でした。

翌日私は、会社帰りに男の人とぶつかりました。
「あ、すみません。大丈夫ですか?」
私に謝ったその男性は、夢の中の人とそっくりでした。

「大丈夫です。こちらこそ、すみませんでした」
私が謝ると、男性はにっこりと笑いました。
その笑顔は、とても爽やかで素敵でした。

その夜、また夢を見ました。
今日出会った男性と、恋人になっている夢でした。

翌日、会社からの帰り道、昨日の男性が立っているのを見かけました。
するとその人は、笑顔を浮かべて私に近づいてきました。

「僕、ユウヤと言います。あなたのことが忘れられなくて」
ユウヤさんは、私に一目惚れしたと言い、交際を申し込んでくれました。

もちろん私は、申し出を受けました。
こんな幸運があるなんて。

その夜私は、怖い顔をして女性の夢を見ました。
はっきりと覚えていないのですが、その女性は、とても怒っていました。

翌日私は、ユウヤさんとデートするために、待ち合わせ場所に向かっていました。
気分はアゲアゲでした。

その時突然、後ろから誰かがぶつかってきました。
私は衝撃で道に倒れてしまいました。

私にぶつかってきたのは、夢で見た女性でした。
夢の中と同じ、怖い顔で怒っていました。

その女性は私に怒鳴りました。
「よくもユウヤを(たぶら)かしたわね!」

その時私は、背中に激しい痛みを感じました。
触ってみると、大きな刃物が刺さっていました。


第70話 真実の石鹸
私が夕飯の買い物に出かけると、道にビニールシートを広げて、何かを売っている女性を見かけた。
近づいて見ると、箱に入れた石鹸をシートに並べて売っているようだった。

シートの一番前には、『真実の石鹸、1個2,200円』と、段ボールの切れ端にマジックで書かれた札が置いてある。
売っている女性は、10代にも30代にも見える、年齢がよく分からない人だった。

「これって、どんな石鹸なんですか?」
私は興味本位で訊いてみた。

すると女性は、あまり商売気のない、ぼそぼそとした口調で答えた。
「この石鹼で体を洗うと、その人の真実の姿が曝け出されるんですよ」

内心、本当かなと思いつつ、私は石鹸を1つ買ってみる。
実は私は最近、夫の挙動に疑惑を持っていたからだ。

何となく隠し事をしているようだし、夜返って来るのが遅い日が、最近増えてきた。
それに遅い日に限って、(ほの)かに石鹸の匂いをさせている。

これは浮気に違いないと、私は密かに確信していた。
なので、夫にこの石鹸を使わせてみようと思ったのだ。
駄目で元々だし、興信所を雇うよりも安くつく。

その日夫は、割合早い時間に帰宅した。
夫が食事をしている間に、私は風呂場の古い石鹸を『真実の石鹸』に置き換えた。

そして夫が入浴する際に念を押す。
「今日、新しい石鹸を買ったから、一度使ってみて」
風呂から上がった時が楽しみだ。

しかし期待に反して、風呂から上がった夫は、普段と変わらなかった。
私は少しがっかりした。

――まあ、そんなに都合のいいもの、ある訳ないわよね。
私は、今頃になって2,200円が惜しくなってきた。

その時私の背後で、夫の気配がした。
振り向くと、夫がキッチンから持ち出した出刃包丁を逆手に持って、私を見下ろしてる。

私は一瞬で状況を悟った。
――夫は浮気してたんじゃなくて、最近ニュースで話題の殺人鬼だったんだ。
――石鹸の匂いがしたのは、家に返る前にどこかで、血を洗い流していたのね。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み