第54話  亮介の場合  石垣島前日 4

文字数 1,234文字

男は無言で幾つかの場面を俺に見せた。ホテルに入る俺とエリ。
腕を組んで歩く俺とエリ。
また、ホテルの看板がでかでかと写っていて・・。


男はイヤホンをPCに繋ぐとそれを俺に渡した。俺はそれを耳に入れた。
エリの喘ぐ声が聞こえた。エリが俺を呼ぶ。俺はエリの名前を呼ぶ。ベッドが軋む音。・・

俺は思わず顔を覆った。
男はにやにや笑いながら言った。
「今から会社に電話してさ。誰か出たら、この音声を流してやってもいいぜ。面白いだろうなあ。・・・勿論、写真に音声を乗っけてメールで送ってやることも出来る。・・・しかしすげえな。おっさん。やる気満々だな」
「おっさんよ。オレの女房を妊娠させたのだからさ。慰謝料を払ってもらおうか」
俺はびっくりして男を見た。
口を開けたままエリと男を見詰めた。

「エリ・・・君は結婚していたのか?」
俺はごくりと唾を飲んだ。
「ううん。していないよ。内縁の夫ってやつ?」
エリは言った。
「音声だけ、って結構エロイね。でも写真じゃインパクトがないよねえ。だから部屋に来るように何度も言ったのにさ。亮ちゃん、来ないんだもの。来ればそれこそいい動画()が撮れたのにさあ。すごく面白い動画()。うふふふ」
エリが笑った。
男も笑った。
「そうだよな。動画だったら一千万は下らないな。SNSにアップするって言えば、二千万も行けるかも」

俺は青くなった。

「堕胎の費用50万と慰謝料300万、合わせて350万。振込先は今メールで送ったから。もし断ったなら、亮ちゃんのマンションのポストに名前入り写真と音声CDを入れるね。部屋番号分からないから、全世帯に入れてもいいね。勿論会社にも送るよ。奥さんびっくりするだろうね。勿論お子さんも。もうあのマンションに住めないだろうし、会社も辞めなくちゃならないね」
俺は慌てて言った。
「待ってくれ。350万なんて、そんなのは無理だ。マンションのローンがまだ残っていて・・」
「そんなの知らねーよ」
男が言った。
「子供、私立に行かせているんでしょう?公立に転校させればいいじゃん。お金浮くよ」
エリが言った。
「パパの浮気の後始末で、お前たちに苦労を掛けて済まないって謝れば?」
エリはにやりと笑った。
その言葉は氷のナイフみたいに俺の胸に突き刺さった。
心が凍った。
俺はエリを見詰める。
「そんな顔したって駄目だよ。・・・お金を工面するのに来週一週間待ってあげる。法事があるから、融通してあげるよ。期限は来週の金曜日ね。もうそれ以上は待たないから。いいじゃん?借りれば。カードローン。いくらでも貸してくれるよ」

俺はがっくりと項垂れた。
男はPCを閉じた。そして言った。
「まあ、仕方ねえな。自業自得だよ。あんたがスケベだから悪いんだ。じゃあ、金の方は宜しくお願いしますよ。警察に行こうなんて考えるなよ。俺はあんたのマンションを知っているからな。家族が大事なら大人しく言う事を聞きなよ。・・・じゃあな。エリ。俺は先に帰るからな」
男はそう言うと去って行った。
「うん。バイバイ」
エリは手を振った。

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