第14話  亮介の場合  妻の進化

文字数 1,534文字

 とある水曜日。

「ただいま」と言って英子が帰って来た。
 水曜日は残業を入れないでくれと言われていたから、仕事があっても出来るだけ早く帰って来ていた。その位はしてやらないとと思っている。
「お帰り」と言って英子を見て、驚いた。
「髪、切ったの?」
 俺は言った。

「そう。ショートにして、軽くパーマを掛けたの。どうかしら?」
 英子は言った。
「いいんじゃないの」
 俺は言った。
 
髪の次に目に入ったのはヴィトンのバックだった。
ヴィ・・・ヴィトン?!! ヴィトンだとー!!
いつ買ったんだ? まさか新品じゃないだろうな?!

俺は目を皿の様にしてバックを見詰めた。

妻を上から下まで眺める。
柔らかいライトベージュのパンツスーツ。
白のブラウス。耳元のピアス。首筋に細い金のネックレス・・・。
確実に俺の妻は進化している。


「ママ。すごい素敵」
 キッチンで洗い物をしていた梨乃がやって来た。
「ふふ。今日はママの講義だったからちょっと行く前に美容院に寄ってみたの」
 英子は言った。
「出来る女って感じがするよ。しかし、ママ。痩せたね。これならビキニも行けそうじゃない?」
「じゃあさ、梨乃。今度ママと水着買いに行こうか」
 英子は言った。
「仕方ない。付き合ってやるよ」
 梨乃が笑った。

「みんなご飯を食べたわね。じゃあ着替えて来るわ。梨乃。パパ。片付け有難う」
 英子はそう言うと部屋に向かった。
「パパは片付け、やっていないよ」
 梨乃が返した。
 俺はその後姿を見送った。微かに香水の香りがした。

 梨乃が言った。
「パパ、ママいい香りがしていたね」
「うん」
 俺はスマホに目を落としながら答えた。
「あのバック、素敵だね。パパが買ってあげたの?」
「いや?」
「ふうん・・・。ママ、誰かに買ってもらったのかなあ・・」
 梨乃は言った。
 俺はちらりと梨乃を見た。そして視線をスマホに戻す。
「ママがあんなに綺麗になっちゃったら、パパ心配だよね」
「いや?」
 俺は返した。
 梨乃は笑って俺を見た。
「新しい友人も作りたいって言っていたしさ。講義の後はみんなで食事会なんでしょう?若い男の人もいるんだろうなあ・・・イケおじとかもさ」
 俺は梨乃を見る。
 やけに絡んでくるなと思った。

「婆さんばっかりに決まっているだろう」
「えっ?そんな事無いよ。ウチに来るカウンセラー、めちゃいい男だよ。みんな鬱の振りしてカウンセリングの予約を取ろうとしている。半年先まで予約が埋まっているって」
 梨乃は真面目な顔で言う。
 そんな馬鹿なと思う。

「ママさ。ホントに痩せたよねー。だって、『糖質オフなんて飲めるかよ』なんて豪語していのに、ビールは糖質オフにしたし、量だって半分にしたよね。食事にも気を付けているし。肌も綺麗になったよね。やっぱりヨガの所為かな?心にゆとりがあると言うかさー。お化粧も上手になったし。あんなに綺麗なママなら友達にも自慢できる」
 梨乃は畳み掛ける様に言う。
 ・・・

「パパさー。もっとママに優しくしてあげないと、ママ浮気」
 俺はドキリとした。そして慌てて遮った。
「お前さ、一体何を言いたい訳?ママにバックなんか買ってくれる男なんている訳無いだろう?自分で買ったに決まっているだろう。何なの?ムカつくな。俺を不安に陥れたいの?」
 俺は真面目な顔をしてそう言った。
 梨乃はすっと表情を変えた。
「ただ言ってみただけだよ。何、マジ切れしてんの?キャパ、小っさ」
 そう言って冷たく俺を見るとキッチンに戻った。

 俺は酷く腹を立てた。
 一体誰に育てて貰ったと思っているんだ!お前の高い学費は誰が払っているんだ!
 そう言って怒鳴り付けたい位だった。
 そしてちょっと不安になった。
「まさか、英子に限って浮気なんて・・・」
 自分の事は棚に上げてそう思った。

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