第17話 英子の場合 私の事情
文字数 1,501文字
5月の中旬。
今にも雨が落ちて来そうな空だった。
昨日まで暑い位だったのに、今日は肌寒い。
気温の変化が大きい。
私は頬杖を突きながら窓の外を眺める。
先日、父の一周忌が済んだ。
食道癌で亡くなった。81だった。
実家は神奈川にある。
今は母が一人で住んでいる。
私達は二人姉妹。
姉の家族は横浜に住んでいるから、ちょこちょこと母の様子を見に行ってくれる。
私は告別式の時の従妹の言葉を思い出した。
「亡くなる数日前に伯父さんが夢の中に出て来て、色々と昔話をしたの。ああ、だからもう長くないなって思ったのよ」
父のお気に入りの姪っ子は泣き腫らした目でそう言った。
実の妹の娘。
父は妹をとても大切にしていて、叔母さんの旦那さんが亡くなった時には、本当に悲しんだ。そしてそれからは事有る毎に妹と、その娘である早苗ちゃんを助けて来た。
お金もこっそりと援助していた。
母はそれを知っていたけれど、父には何も言わなかった。
父は早苗ちゃんが大のお気に入りだった。
早苗ちゃんが結婚するときは実の父親の様に目を赤くしてお婿さんの手を握って言った。
「早苗をうんと幸せにして欲しい」
私と姉の結婚式でそんな場面は無かった。どこにも無かった。
早苗ちゃんも「伯父さん、伯父さん」って頼りにしていたし、叔母さんも「兄さんは本当に偉い人だ」と言って尊敬していたから、父はそれも嬉しかったのだろう。
何だかんだと反抗的な娘達よりずっと。
私達にはそれ程愛情深い人では無かった様に思える。
まあ、それは好かれなかった子供の僻目なのだろうが、私達には買ってくれなかった様な物も早苗ちゃんには買ってあげていたと思う。何故ならお母さんがそう言っていたから。
私はそんな事を思い出した。
私はお姉ちゃんに聞いてみた。
「ねえ。お姉ちゃん。お父さん、お姉ちゃんの夢の中に出て来た?」
私よりも露骨に父親に反抗していた姉は言った。
「いや?何で?英子の夢に出て来て、さよならとか言ったの?」
「いや。出て来ないけれどさ」
私はそこで話を終わらせた。
父は武骨で単に愛情表現が苦手なだけだったのだと今では思う。それを思いやる優しさが私達には欠けていた。だが、父だって色々と欠落していたから、それはもうおあいこで仕方が無い事だと思っている。それでも娘達の夢に出て来ないで、姪っ子の夢に出て来るってどういうコト?
私はそう思った。
一周忌を過ぎても出て来ないなと思っていたら、数日前の夢に出て来た。
父は若い時の姿だった。穏やかな顔をしていた。
昔、よく着ていた茶色のジャケットを着ていた。
「お父さん。どこに行っていたの?」
私は父に聞いた。
「いや、どこにも行っていないよ。ずっと家にいたよ。家にいて探し物をしていたんだ。ようやく見付かったから、英子にあげようと思って」
父はそう言うと、ポケットの中から何かを掴んで私の方に差し出した。
私は手を差し出した。
「大切にな」
父はそう言って、それを私の掌に載せると私の手ごと両手で包んだ。
私はびっくりした。そんな事はした事の無い人だったから。
私は目を上げる。
そうしたら父の姿が消えていた。
「お父さん?」
私は父はどこへ行ったのかと思った。
そこで目が覚めた。
あれから時々父の言葉を思い出す。
残念な事に何を貰ったか覚えていない。
「大切にな」って父は言った。
貰った物は何だったのだろう・・・。
そう思いながらも窓の向こうのオフィスビルの入り口に注意を向ける。
時間を確認する。
そろそろだ。
時刻は5時半。
出て来た。
亮介は足早に駅に向かって歩き去った。
よしよし。約束を守っているなと思う。
暫くすると見慣れた女性が出て来た。空を見上げている。
私は伝票を掴むと、すぐに席を立った。
今にも雨が落ちて来そうな空だった。
昨日まで暑い位だったのに、今日は肌寒い。
気温の変化が大きい。
私は頬杖を突きながら窓の外を眺める。
先日、父の一周忌が済んだ。
食道癌で亡くなった。81だった。
実家は神奈川にある。
今は母が一人で住んでいる。
私達は二人姉妹。
姉の家族は横浜に住んでいるから、ちょこちょこと母の様子を見に行ってくれる。
私は告別式の時の従妹の言葉を思い出した。
「亡くなる数日前に伯父さんが夢の中に出て来て、色々と昔話をしたの。ああ、だからもう長くないなって思ったのよ」
父のお気に入りの姪っ子は泣き腫らした目でそう言った。
実の妹の娘。
父は妹をとても大切にしていて、叔母さんの旦那さんが亡くなった時には、本当に悲しんだ。そしてそれからは事有る毎に妹と、その娘である早苗ちゃんを助けて来た。
お金もこっそりと援助していた。
母はそれを知っていたけれど、父には何も言わなかった。
父は早苗ちゃんが大のお気に入りだった。
早苗ちゃんが結婚するときは実の父親の様に目を赤くしてお婿さんの手を握って言った。
「早苗をうんと幸せにして欲しい」
私と姉の結婚式でそんな場面は無かった。どこにも無かった。
早苗ちゃんも「伯父さん、伯父さん」って頼りにしていたし、叔母さんも「兄さんは本当に偉い人だ」と言って尊敬していたから、父はそれも嬉しかったのだろう。
何だかんだと反抗的な娘達よりずっと。
私達にはそれ程愛情深い人では無かった様に思える。
まあ、それは好かれなかった子供の僻目なのだろうが、私達には買ってくれなかった様な物も早苗ちゃんには買ってあげていたと思う。何故ならお母さんがそう言っていたから。
私はそんな事を思い出した。
私はお姉ちゃんに聞いてみた。
「ねえ。お姉ちゃん。お父さん、お姉ちゃんの夢の中に出て来た?」
私よりも露骨に父親に反抗していた姉は言った。
「いや?何で?英子の夢に出て来て、さよならとか言ったの?」
「いや。出て来ないけれどさ」
私はそこで話を終わらせた。
父は武骨で単に愛情表現が苦手なだけだったのだと今では思う。それを思いやる優しさが私達には欠けていた。だが、父だって色々と欠落していたから、それはもうおあいこで仕方が無い事だと思っている。それでも娘達の夢に出て来ないで、姪っ子の夢に出て来るってどういうコト?
私はそう思った。
一周忌を過ぎても出て来ないなと思っていたら、数日前の夢に出て来た。
父は若い時の姿だった。穏やかな顔をしていた。
昔、よく着ていた茶色のジャケットを着ていた。
「お父さん。どこに行っていたの?」
私は父に聞いた。
「いや、どこにも行っていないよ。ずっと家にいたよ。家にいて探し物をしていたんだ。ようやく見付かったから、英子にあげようと思って」
父はそう言うと、ポケットの中から何かを掴んで私の方に差し出した。
私は手を差し出した。
「大切にな」
父はそう言って、それを私の掌に載せると私の手ごと両手で包んだ。
私はびっくりした。そんな事はした事の無い人だったから。
私は目を上げる。
そうしたら父の姿が消えていた。
「お父さん?」
私は父はどこへ行ったのかと思った。
そこで目が覚めた。
あれから時々父の言葉を思い出す。
残念な事に何を貰ったか覚えていない。
「大切にな」って父は言った。
貰った物は何だったのだろう・・・。
そう思いながらも窓の向こうのオフィスビルの入り口に注意を向ける。
時間を確認する。
そろそろだ。
時刻は5時半。
出て来た。
亮介は足早に駅に向かって歩き去った。
よしよし。約束を守っているなと思う。
暫くすると見慣れた女性が出て来た。空を見上げている。
私は伝票を掴むと、すぐに席を立った。