第13話  亮介の場合  俺の事情2

文字数 1,631文字

 俺が不倫相手の部屋に行かない理由。

 それは二番目の女である明子で懲りたからである。
 俺は何の考えも無しに明子の部屋に通っていたが、気が付くと俺の物がどんどん増えていた。
 俺のコップ、俺の部屋着、俺のサンダル・・・・俺が持ち込んだ訳ではない。
 明子が買って来るのだ。
 まるで同棲をし始めた若いカップルみたいに。
 俺は怖くなった。

 明子はバツイチの女だった。
 夫はDVだったらしく結婚はもうこりごりと言っていた。
「結婚は望まないから、ずっとこのままの関係を続けたい」
 それは絶対に無理と思いながらも、このまま通い続けたらそれも有り得ると危惧した。
俺が自分の巣に相手を近付けないと同様に俺も不用意に相手の巣に近付いてはいけない。
その時、そう学習した。
 

 話は変わるが、俺は不倫相手とはメールでやり取りをする。それも仕事関係を装う。
 相手にも装わせる。
 読んだらすぐに削除。
 (馬鹿馬鹿しいが、そういう細かい事も大切なのだ)
 緊急の場合は電話。留守電は残さない。勿論。


 その日、明子と会う約束をしていたけれど、和巳の具合が悪くなって出掛ける事は出来なくなった。それをメールで送った。
 そうしたら電話を掛けて来た。
 梨乃の前でそれは鳴った。
 俺は慌てて部屋に入った。
 明子は会えない事に対して怒ってぐずぐずと文句を言うから俺は頭に来て強く言った。
「仕方無いだろう!子供が病気なのだから!」

 そうしたら明子は「私は今、R駅にいる」と言った。
 俺はびっくりした。R駅はマイホームタウンの駅である。

「来ないのなら・・・」
 明子は言った。
 俺は慌てて言った。
「分かった。分かったから早まるな。子供が帰って来たらすぐ行くから。帰って来たらメールを入れる。もうすぐ帰って来る。だから電話は止めてくれ。もしも俺の家に来たら、君はこれから先、酷く後悔することになるからな。覚悟して置けよ」
 最後に抑止力の全く感じられない脅しの言葉を入れて電話を切った。

 
 明子と別れるのは大変だった。
 もう浮気はこりごり。そう思ったのに、半年も過ぎたら、これだからな。
 俺は自分の下半身が恨めしい。
そう言えば、兄夫婦も兄の浮気で離婚したのだったっけ・・・。

 英子が風呂から上がって来た。
 冷蔵庫から水のペットボトルを取り出すと、それを持って窓際の椅子に座る。
 すぐにスマホを開く。

 最近の英子は石垣島に取り憑かれている。
 ヤシガニの値段を調べてその高さに驚いたり、どこのビーチが良いか口コミを見たり、シュノーケリングのツアーを調べたりと、暇さえあればそれをしている。
 もう飛行機とホテルは予約したと言っていた。
 どこを取ったのかは知らないが、堅実な彼女の事だからまずまずの所を取ったに違いない。

俺は風呂上がりの英子の横顔を見る。

昔は英子だって細くて綺麗で可憐だった。
豪華な女は好きではない。明るくてシンプルで賢い女が好き。
英子が好きで好きで一緒になったから、俺は浮気なんか絶対にしないと思っていたのに。
 けれど俺だって英子があんなにおばさん化するとは微塵も思わなかった。ある意味、あれは詐欺に近い。だから俺ばかりを責める訳には行かないと思う。だって、俺はちゃんと自分の見栄えをキープする努力をしているのだから。英子だって、それは少しは反省してもらわないと困る。いや、少しどころでは無く。

 だが、しかし、今の俺の妻は・・・。
 
 
 窓際に座る英子の向こうには北陸の遅い春の風景が広がる。
 英子の長い睫毛が瞬きをする。
 鼻は小さくて低め。それが可愛い。
 頬の辺りがすっきりとしてきた。
 首筋辺りも。
 アップにした髪と、後れ毛が色っぽい。
 旅館の浴衣と青い上衣。
 中々良いではないか。

 最近英子が若返ったと感じる。
 服のセンスも良くなった。
 品良く塗られたネイルに目を遣り、ちょっと綺麗になった妻を眺めた。

 俺のその視線に気付くと妻は素っ気無く「何?」と言った。俺は慌てて視線を逸らして
「いや、別に」と答えた。




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