第60話  亮介の場合  石垣島前日 10

文字数 1,641文字

 俺はどさりと座り込んだ。
 呆けた様に写真が散らばったテーブルの上を見た。
 体が動かなかった。

 写真に交じってA4サイズの紙が折り畳まれているのが目に入った。
 それを手に取り、広げてみた。

 一枚はエリの後ろ姿。
 A4いっぱいに印刷がしてあった。
 英子の文字で裏書があった。

 3月20日(水)
 N書店にて

俺はその紙を持ってしばらく考えた。
3月末・・・N書店??

英子が具合が悪いと言って寝込んだ事があったな・・・。
あれは3月じゃなかったか・・?
そうだ。3月の・・・。

突然、俺の記憶が繋がった。
そうだ。あの日、新しくできた書店に行った。そこで偶然、エリと会って・・。
「まさか!!」
「あの場所に英子がいたのか?!」
「あり得ない!」
俺は一人で叫んだ。
じゃあ、英子が寝込んだのはそれが原因で・・・。
俺は口を開けたままエリの写真を眺める。

と言うことは、英子はあれからずっと俺とエリの関係を知っていて・・・。知っていて・・・・ずっと知らない振りをして・・・何か月も?
俺はこの数か月を思い出した。
じゃあ、あの北陸旅行の時も?
英子は知っていたんだ・・・。知っていて、俺の嘘を・・・。
俺は耐えられなかった。
両手で顔を覆った。
英子は知っていた。
なんてことだ。
何もかも知っていて、それでいながら素知らぬ振りで生活を共にしていた。
俺の裏切りを知っていながら俺と寝たんだ。もう最後だと思ったから。
もうこれで最後だと思ったから。

俺はどうしていいか分からなかった。
愕然とするばかりだった。

もう一枚の紙を開いてみた。
和巳と梨乃の写真。寿司屋の前で撮っている。
カード払いのレシートが添付されていた。6万5千円。引き落としは来月だ。

もう一枚は英子の手紙だった。
いや、事務連絡。

亮介へ。
お帰りなさい。

私の要望は5点。

1)離婚します。
異議を唱えたら裁判になります。その時はお相手の「マルケッタ・エリ」にも
累が及びます。
2)私たちが石垣島から戻るまでに家を出て行くこと。5日もあるから大丈夫よね。
3)この部屋は慰謝料として私が頂きます。
4)子供たちの養育権は私がもらいます。子供達も同意しました。
あなたの所には行かないそうよ。パパが浮気をして いたと知って、
二人とも酷くがっかりしていました。
可哀想だけど言わない訳には行かないから。
5)二人の養育費は毎月「20万円」。
あなたはこれを二人が成人するまで私の口座に 振り込む事。
 
                                  以上。
・異論がある場合には弁護士の方へどうぞ。私は対応しません。
・お相手の家にも同じ写真と弁護士の名刺を送っておきました。
朝の内に送ったから、明日には届くと思います。
あなたはあの女と結婚をするのかしら?
でも「うちの夫と別れないと、裁判であなたの事も訴える」
と書いて置きましたから。
・指輪は処分して次の女へのプレゼントの足しにでもしてください。
・あなたの「オレの虎の子通帳」からお金を下ろしました。
旅行代金を立て替えて置いたから返してもらったの。
口座マイナスになっているからね。

 じゃあ、石垣島へ行って来ます。
 さようなら。

 口座の下りを見て「えっ?」と思った。
 慌てて寝室の金庫に走った。
 金庫の中の通帳とカードを確認する。カードはそこにあった。
 俺はほっとした。
 通帳を開いてびっくりした。
「えええっ!!」
 4日続けておろしている。
 全部で180万。
 ・・・信じられない。石垣島に5日間いるだけで180万?
 んな、バカな!!
 暗証番号は結婚記念日だった。
 まさか、妻に金を盗まれるとは・・・。
 俺はその場で暗証番号の変更をした。

 部屋を見回すと俺のスーツケースだけがぽつりと置かれていた。
 俺は立ち上がってそれを撫でた。
 ふと、荒野に置き去りにされた子供の姿が頭に浮かんだ。
 あれは俺だったのかも知れない。
 たった一人で置いてけぼりを食った子供。

 俺はラインを開いた。
「きりん」
 家族ライン。
 家族ラインにいるのは俺だけだった。
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