第3話  英子の場合  決心

文字数 2,024文字

ビールを飲みながらぼーと考えた。ロング缶を飲み干すとショート缶を取り出した。
それを飲みながら夕食の準備をする。
夕飯はカレーにした。
カレーなら作って置けばみんな勝手に食べる。
炊飯ジャーの中のご飯の量を確認し、サラダを作って冷蔵庫に入れた。

テーブルの上にメモを置く。
「頭が痛いので先に休みます。カレーを食べてください。使った食器は各自で片付ける事。残ったカレーは冷蔵庫に入れておいてね」

歯ブラシをして顔を洗った。
パジャマに着替えて自分のベッドに座った。隣には夫のベッドがある。昔はダブルベッドで眠っていたが、別の方が安眠出来るという事でベッドを別にしたのだ。

じっと夫のベッドを見る。
スマホを開いて相手の女の写真を眺めた。
そしてスマホの音を消した。
もそもそとベッドに潜り込むと頭から布団を被って泣いた。涙は次から次に流れて来た。
私は泣きながら眠りに落ちた。


 子供達が帰って来た。
玄関のドアを開ける音。ぱたぱたという足音。
寝室を覗きに来る。
「ママ。大丈夫?熱があるの?」
長女の梨乃が心配そうに顔を覗き込む。
涙が零れそうになる。
私は布団に深く潜り込む。瞼が赤く腫れているに違いないから。


「大丈夫。熱は無いの。ちょっと悪いけれど、お風呂の準備とか夕食の片付けとかお願いね」
「うん」
「ママはご飯食べたの?」
「食べたから大丈夫だよ。明日になれば元気になるから」
「分かった。何か欲しい物はない?ポカリ買ってこようか?」
「平気だよ。水筒に白湯が入っているから」
「じゃあ、何かあったら声を掛けてね」
「分かった。有難う」
私は答えた。
梨乃は部屋を出て行った。

少し経つと長男の和巳が帰って来た。
「ただいま。腹減ったー!」

キッチンで話し声が聞こえる。
「ママは?」
「頭が痛いんだって。今日はカレーだから。サラダは食べる分だけ小皿に取ってね」
暫くすると和巳が部屋にやって来た。
「ママ。大丈夫?」
「うん。今夜一晩休めは平気だから。食器は自分で洗ってね」
「何か買ってこようか?」
「平気だよ。有難う」
「お風呂は?」
「今日は止めて置くわ」
そう返した。
「ママが寝込むなんて珍しいな」
和巳はそう言って部屋を出て行った。

暫くするとバイブが鳴った。
電話。・・・夫からだ。
私は出なかった。


和巳が部屋に入って来た。
「ママ。パパは今日は遅くなるって。残業で。電話を入れたけれど出なかったって。ママの具合が悪いって言って置いたけれど。出来るだけ早く帰るって言っていた」
「そう。有難う。ミュートにして置いたから気が付かなかったの。」
私はそう返して涙を堪えた。


10時を過ぎたが夫は帰って来なかった。
私は風呂に入ろうと思った。
綺麗さっぱり洗い流してしまいたい。
何もかも。
脱衣場でのろのろと服を脱ぐと自分の顔や体を鏡に映した。
昔はすっきりと痩せていたのに、今ではあちらこちらに余計な肉が付いている。私は自分のお腹の肉を摘まんだ。両手で掴んでもまだ余る。
背中や肩にも肉が付いている。
「はあ・・・」ため息を付いた。二の腕の脂肪をタプタプと動かしてみる。

髪を持ち上げてみた。白髪はまだ無かった。
長い髪を一つにまとめてバレッタでアップにしてある。これが一番簡単だし、美容院に何度も行かなくて済む。
顔をまじまじと眺める。シミが目立つ。元々は色白だったが、忙しさにかまけて、手入れを怠っていたらシミやそばかすが出来てしまった。目立った皺はまだないが、このままだと出来るのも時間の問題だろう。
顔も丸くなったと思う。
私は自分の顔や体を念入りにチェックした。こんなに時間を掛けて自分を鏡で見るのは何年振りだろうと思う。
今では化粧も3分程で出来てしまう。ちゃちゃっとやって終わり。


私はお風呂に入ると熱い湯を入れて頭まで潜った。息が苦しくなるまでじっとしている。
顔を湯船から出してぼうっと天井を眺めた。
ああ。天井のカビを発見・・・。掃除しなくちゃ・・。そんな事を考える。


洗面所のドアが開いて、夫の声が聞こえた。
浴室のドアに彼の影が映る。
「頭が痛いんだって?大丈夫なの?」
私は泣きそうになる。けれども出来るだけ元気に答えた。
「もう大丈夫。あっ、すぐに出るね。お風呂に入るでしょう?」
夫は洗面所を使いながら言った。
「ああ。今日はもういいや。疲れたから寝るよ。明日の朝にシャワーを浴びるよ。ちょっと新人がつまらないミスを繰り返してさ。それを直していたんだよ。電話を入れたのだけれど、眠っていたのかな?早く帰ろうと思ったんだけれど。悪かったよ。兎に角今月は年度末だから忙しくて。ちょいちょい残業が続くからね」
夫は言った。
「分かったわ」
私は言った。
「夕食は?」
「食べて来た」
「そうなの」
「じゃあ、先に寝るよ。お休み」
夫はそう言って浴室の向こうから姿を消した。
私は顔を覆って泣いた。そしてまたお湯に潜った。


 長い風呂から出る頃には涙も出尽くしていた。
私は洗面所の鏡を見ると、そこに映った自分に誓った。
「くず野郎・・・・許さない。絶対に復讐してやる」

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