第49話  亮介の場合  7月中旬

文字数 1,579文字

石垣島は我が家の一大イベントだから、英子はもう準備を始めていた。
巨大なスーツケースを買ってがらがらと引いて来た。それをリビングに広げる。
広げっ放しだ。
みんなそれを跨いで歩く。

「みんな、まず、自分の荷物は自分のリュックなり、スーツケースなりに入れる事。それで入らないものをここに入れる。それ以外にここにはシュノーケリングの道具とか、マリンブーツとか入れるから。出来るだけ自分の所に入れてよ」
 英子は夜になるとぱたぱたと動き回って荷物の整理をした。
独楽鼠みたいにくるくると動き回っていた。
4人分のラッシュガードを買って来たり、マリンシューズを買って来たり、ビーチサンダルや水中眼鏡など、いろいろな物を出したり入れたりしていた。
梨乃ときゃあきゃあ言いながら水着を着てみたりする。
一度、全身ラッシュガードで固めた英子を見た。ぴったりとしたラッシュガードにハーフパンツ。
「どう?パパ」
「あれ?ビキニじゃないの?」
俺は言った。
「岩場で遊ぶのにビキニの訳が無いでしょう」
英子は返した。
「でもホテルのプールで遊ぶ時は勿論ビキニだよ」
そう付け加えた。

また痩せたと思った。
俺はあんな事を言っていながら心配になった。
「英子。もう痩せなくていいから。十分スマートだ。それ以上痩せたら貧相になる」
俺は英子を見て言った。
英子は笑った。
「ふふ。亮介。私、ナンパされたらどうしよう?」
俺は呆れた。
「あんなでかい子供がいるんだから、その心配はない」
はははと笑う英子を見て、俺は何だかすごく幸せだなと思った。

俺は数か月前にメールに届いた航空券の日時をもう一度確認する。
 格安航空券7/23(土)羽田発 13:50 沖縄経由  石垣島着  16:30
席は前後二列。英子と梨乃、俺と和巳のセット。
この日はまあ、行くだけ。次の日は朝から遊べる。


俺は水中カメラを買おうと思っていた。
ダイビングをする訳では無いが、熱帯魚を撮ってみたい。コバルトスズメとかクマノミとか。運が良ければウミガメにも出会えるらしい。家中にわくわくした気分が広がり、みんなが石垣島を楽しみに動いている感じがした。



そんなある日、エリから電話が来た。
丁度昼休みだった。
俺は「何だろう」と思った。
「ちょっと相談したことがあるから、少し時間を取れないかしら」
エリは言った。
新しい会社が決まったのだろうか。それとも引っ越しとか?
それは有難いが、また手伝えとか言うんじゃないだろうなと思った。
「忙しいから法事の後でいいか」
そう返した。
「私も8月は実家に帰ったりして忙しいから、その前がいい。もしかすると引っ越すかもしれない」
と返って来た。
それは好都合だ。

「何の相談なの?」
と聞いたら
「それは会ってから話をしたい」
と言った。

「新しい彼氏ができたから別れる」と言うのだろうか。
だって、俺達はもう最後にしたのは・・・俺はカレンダーを確認する。6月の5かだったか、6日だったかその辺りだ。という事はもう一ケ月以上していないという事になる。エリが男無しでそんなに我慢できるとは思えない。・・だから、きっと俺とは別れると言うのではないかと思った。

お互いに日程を合わせて石垣島に行く前日の夕方に逢う事になった。
俺は「前日か・・嫌だな」と思ったが、エリが指定した店の場所がその日予定していたクライアントの会社から電車で一駅だったから、逆に好都合かなと思った。
仕事に行ってエリと会って別れを告げて直帰する。

 そうだな。俺もちゃんと言わなくちゃな。
「もう会えない」と。
「今まで有難う。さようなら。エリの事は忘れないよ(すぐに忘れるけれど)」

何なら女房にバレたと言ってもいい。
女房が探偵を雇ったんだとか。
君にも累が及ぶかも知れないとか言って脅かす。
すっきりと別れよう。そして石垣島に行く。
そうだ。そうしよう。

「30分位だから」
エリは言った。
俺は「了解」と言った。 

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