第16話  英子の場合  地獄行き

文字数 447文字

私は洗面所に行くとマウスウオッシュを口に含み、(うがい)をした。
亮介の唇が触れた首筋を濡らしたタオルで拭こうとして、ふと手が止った。そこを指でなぞった。じっと鏡を見詰める。
体には亮介の体温が残っていて、それがほんのりと温かかった。
久し振りに感じた夫の掌。

私はその感覚を振り切る様に乱暴に首筋を拭いた。
彼の手は私の体以上に他の女の体に触れる。あんな風に。温かい掌で私の知らない女を愛撫するのだ。
そう思ったら、激しい嫉妬と胸の痛みに襲われた。

ダメだ。情に流されるな。
あの嘘つき男は同じ事を浮気相手にも言っているのだ。
「好きだ」って。
浮気野郎が・・・。

あんたが私を騙そうって言うなら、こっちだってとことん騙してやる。
そして最後は地獄に蹴り落としてやる。
二度と這い上がって来れない様に。

 大丈夫。出来る。
だって、あの夢の中で私はドアを乗り越えた。ドアを開けるんじゃ無くて乗り越えたのだから。重い体を持ち上げてその向こう側に行ったのだから。だから大丈夫。乗り越えられる。
私は自分にそう言い聞かせると部屋に戻った。



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