第55話  亮介の場合  石垣島前日5

文字数 1,242文字

エリは言った。
「コーヒーお代わりをする?」
俺は黙ってエリを見詰めた。

「君は俺を騙したんだな・・」
エリはそれには答えず「要らないのなら、私も帰るね」と言って立ち上がった。

俺は慌てて言った。
「待ってくれ。分かった。金は払う。何とかしてかき集める。だから一つだけ教えてくれ。
本当に君は俺の子を妊娠しているのか。それだけは教えてくれ」
俺は必死な目で言った。
「君は最初から俺を騙していたんだ。俺を罠に嵌めた。・・・でも、俺は君が本当に好きで、出会った頃は毎日君の事ばかり考えていた。だから、今回だって子供が落ち着けばまた君ともう一度って・・」
エリは冷たい目で俺を見る。
「嘘言ってんじゃねーよ」
という目である。
それでも俺はその視線に負けなかった。

「エリ、本当の事を教えてくれ。君は本当に妊娠しているのか?それは本当に俺の子なのか?」
エリは面倒くさそうに俺を見た。

「だから診断書があるじゃん。亮ちゃんとしか寝ていないんだから亮ちゃんの子だよ」
「あの男は君の内縁の夫じゃ無いか。あの男とだって寝ていたんだろう?・・何を聞いても金は払うから。きっちり、350万。だから教えてくれ。
それ位の誠意は見せてくれてもいいんじゃないか。俺は君を信じていたのだから。それなのに君は俺を騙したんだから」

エリはもう一度椅子に座った。
「亮ちゃん。・・・亮ちゃんは最初から『浮気』だって言っていたけれど、私は結構楽しかったよ。
亮ちゃんはちゃんと私の事を大事にしてくれたし、バックも買ってくれたしね。亮ちゃんとのセックスはすごく良かったよ。私達、相性が合うんじゃないかなって思った。・・・ずっと関係を続けて、奥さんと別れて私と結婚とかになればそれでも良いかなって、そんな事も考えたけれどさ・・・・あなたはもう私と別れようとしていたから、だから、仕方ないよね・・・・私、ちょっと悲しかった」
エリは言った。
「何を言っているんだ!!君にだって旦那がいるだろう!それも俺に黙っていた!最初っから君は俺を罠にはめようとしていたんだ!」
俺は言った。
エリは面白そうな目で俺を見る。
混乱している俺を楽しんでいるような目で。
優位に立った者が弱い物をいたぶる様な目で。
「金は払うと言っただろう?だから、お願だから子供の事だけは本当の事を教えてくれ」
俺は何でもいいから『俺の子を妊娠』だけは否定したかった。
「関係ないじゃん。だってもう私達、やる事をやっているんだからさ。子供の事なんて」
「エリ。それは違うよ」
俺は静かに言った。
「子供はまた、別だ」
俺はエリを見詰めた。真摯に見詰めた。

エリは俺を見詰め、「ふうっ」と息を吐いた。
「それはね。ちゃんと350万円が振り込まれたら、教えてあげるよ。メールでね」
エリはそう言うと立ち上がった。
俺はどさりと椅子に倒れた。
「じゃあね。宜しくね。良い夏休みを」
エリはそう言うと伝票を持って立ち上がった。
「今日は私が奢ってあげるよ。亮ちゃん。バイバイ」
そう言うとドアから出て行った。
俺は立ち上がることが出来なかった。
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