第34話  亮介の場合  和巳の話

文字数 1,524文字

「拓斗とはサッカークラブを辞めてからずっと疎遠だったのだけれど、去年の夏に偶然駅で会ってさ。で、ラインを交換して時々連絡していたんだ。」

和巳は滑らない様に気を付け乍ら、磯を歩く。
一緒に歩きながら、そんな話をした。
 土曜日。
 俺は和巳を昔よく家族で行った磯に連れて行った。

 車から降りた時、和巳は嬉しそうに海を眺めた。
「海なんて久しぶりだな。懐かしいなあ・・・僕が小さい頃、よく来たよね」
そう言って俺を振り返った。
「ああ。本当に。久し振りにここへ来た。・・・いい気分だ。天気がいいと海が綺麗だ」
俺はそう言って大きく伸びをした。
所々で家族連れが遊んでいるのが見えた。

磯の向こうには砂浜が広がる。
そこは海浜公園にもなっていて、夏は海水浴場になる。松林の中には公園もあるし、シーズン中は出店も出る。海の家もオープンする。
海開きはまだだし、海水温も低いから海に入っている人はいないが、砂浜には多くの人が遊んでいた。

磯で小さなカニを見付けたり、イソギンチャクを突っついてみたり、潮だまりに残された魚やヤドカリを探したりして遊んだ。それに飽きると、海浜公園まで波打ち際を歩いて行った。木陰に入ってベンチに座りそこで英子が持たせてくれた弁当を食べた。

「別に苛めなんて無いよ。今の学校は好きだし、同じ趣味を持った友達もいるし、楽しいと思っているよ。僕は私立受験をして良かったと思っているんだ」
和巳は笑って言った。

「拓斗が突然亡くなってしまったからショックなんだ。本当にそれだけなんだ。だから時間が過ぎれば、何と言うか・・・拓斗がいなくなった事も受け入れられるかなって思うんだけれど・・・まだちょっと、駄目なんだ・・・」

「・・・そうか」
俺は言った。
苛めが無かった事を知ってほっとする。
だが、和巳にとって拓斗君は俺達が思う以上に親しい友人だった。その友人が突然亡くなったのだから、それはショックだろう。

「拓斗君はずっとあのクラブにいたの?」
俺は尋ねた。
「小学校を卒業するまでいたよ。拓斗は最後まで頑張っていた。それで中学でも部活はサッカーをやっていた」
「そうか。あの子は上手だったし、足が速かったからきっと中学でも活躍しただろうな」
俺は言った。

和巳は何気ない風に言った。
「パパは僕がサッカーをやめたから、がっかりしたでしょう?」
「うーん。そうだなあ・・。まあ、ちょっと残念だったけれど、まあ和巳が決めた事だから、それはそれで仕方が無いと思ったよ。それに受験があるんじゃクラブは無理だからな。
でも、今の和巳の話を聞いて学校が楽しいって分かったから、やっぱりそれで良かったんだなって思うよ」
俺は笑って言った。

和巳は暫く黙って弁当を食べていたが、顔を上げて言った。
「僕はパパが酷くがっかりしただろうなって思ったんだ。パパは自分がずっとサッカーをやってきたから。きっと僕がサッカーを続けるのが楽しみだったんだろうなって・・・・。
でも、元々僕はそんなに運動神経が良い方じゃなかったから・・・。だからちょっとしんどい時もあったんだ。それでも4年間も続けられたのは、拓斗がいたからなんだ。拓斗がいたから一緒にサッカーを頑張ろうって思えたんだ」

「パパ。本当の事を言うと、サッカーの実力は無くても、僕は拓斗と同じ第二中学へ行ってサッカー部に入ろうと思っていたんだ。拓斗がそうするから。拓斗に付き合って僕もそうしようって、そう思っていたんだ」
和巳はそう言って笑った。


「じゃあ、どうして私立中学の受験を決めたんだい?」
俺は聞いた。
和巳は俺から視線を外して海を見た。何かを考えるように海を眺める。
視線を俺に戻すと言った。
「パパ。パパは僕が5年生の時にクラブに入って来たアキラの事を覚えている?」

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