第42話  亮介の場合  和巳の事

文字数 1,266文字

俺は帰りの車の中で言った。
「和巳のその話は、ママは知らないんだな?」
「うん。知らない」
「じゃあ、それをママに言ってもいいかな?」
俺は聞いた。
和巳は暫し考えた。
そして言った。

「いや。言わなくていいよ。そんな事を言ったら、ママは後悔したり心配したりすると思うから。それにもう終わってしまった事だしね。僕はママに言っても仕方がないことだと思っているんだ。だって、拓斗はもういないんだし。だからこれはパパと僕の秘密だ」

俺は答えた。
「そうだな。和巳の言う通りだな。ママは心配性だからな・・・。でも、これからは何かあったらパパには教えて欲しいよ。
ママを心配させたくないのは偉いけれど、パパはほら、・・・まあ大丈夫だからな。パパにはこっそりと教えて欲しい。パパは今日の和巳の話を聞いて、色々と自分の事を考えさせられたよ。和巳の事をもっとちゃんと考えてやれば良かったなって、反省した。それにな。これからはよく話を聞いてちゃんと冷静に対処するよ。和巳が安心して相談できるようにな。・・・パパはいつだって和巳の味方だ」
和巳は笑って答えた。
「うん。分かった」

太陽が西に傾いた。
丁度夕食のタイミングで家に着くだろう。
トランクの中にはお土産に買ったサザエと干物がある。
車の中には宇多田ヒカルの曲が流れている。それも彼女の若い頃の曲。
家族で出かける時は良くこれを聴いたなと思った。
久し振りの潮の匂いと懐かしい曲。


暫くして俺はまた和巳に言った。
「パパは、拓斗君に本当の事を言わなくて良かったと思うよ。もしも、パパが拓斗君だったら、そう思う。だって、今更そんな事を言われても、何と返していいか分からないよ。それに拓斗君が本当に受験が理由で辞めたと思っているなら、和巳の告白を聞いて悲しい思いをするんじゃないかな。信頼していた人の言葉に嘘があったと気付くのは悲しい事だ。だから、言わなくて良かったんだと思う。それに拓斗君は自分で乗り越えたのだから、それでいいんじゃないかな。終わってしまった事なんだし」

「和巳が話して謝りたいと言うのは、それはそうすることで自分の心が軽くなるからじゃないのかな?勿論正直なのはいい事だ。けれど、世の中はそんなに簡単じゃない。相手が知らない方が良いという事もあるんだよ。失敗したなと思ったら次に生かせばいいよ。次からは誠実にすればいい。だけど、和巳は仕方なかったんだ。だって、アキラ君と一緒のクラスだったから。パパが和巳だとしても、きっと同じ事をしたと思うよ。」

「パパなんて今でも色々失敗している。和巳はまだ若いんだから、仕方が無い。じっくり考えればいいよ。時間はたっぷりある」
俺は自分で言いながら複雑な気持ちになった。
酷く居心地が悪い感じがした。


「でも、パパ、アキラはサッカーで有名な私立中学へ行ったんだ。アキラは受験勉強をしながら、ずっと最後まであのクラブにいたんだ」
和巳は言った。

「そうか。アキラ君もすごいな。嫌な奴だけれど」
俺は言った。

和巳は笑って言った。
「有難う。パパ。話してちょっとすっきりしたよ」
俺は「良かった」と返した。







ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み