第58話  亮介の場合  石垣島前日 8

文字数 1,214文字

俺はとぼとぼと帰り道を歩く。
「疲れた・・・」
ぐったりと疲れた。
時刻はもう25時を過ぎていた。

店を出る時に「どうしても今日中に解決しなければならないトラブルが起きた。だからまだ会社にいる。もう少し掛かるかも知れないから、先に寝ていてくれ。心配は要らない」と送って置いた。英子からは「大変ね。ご苦労様。分かりました」と返って来た。

担当をしてくれたのは若い弁護士だった。
彼は「最初から話をしてください」と言って、俺のまとまりのない話を黙って聞いていた。
時々メモを取る。
俺が『美人局』の事情を話し終えると、弁護士は取ったメモを見ながら幾つか質問をした。俺は答えた。
全てに了解すると、彼は言った。
「今からすぐに警察に行って被害届を出しましょう。私が同行します」
「えっ?今から?」
「だって、高村橋さんは明日から石垣島でしょう。被害届は早く出した方がいい。確固たる証拠も有るのだから。さあ行きますよ。」
そう言ってくれた。
俺は有難かった。
涙が出る程有難かった。
「分かりました。宜しくお願い致します」
深く腰を折ってそう言った。

それで警察に被害届を出して帰って来たのだ。
連絡は全て弁護士を通す事にしていた。
石垣島に行っても弁護士から連絡が来るかも知れない。英子には気付かれない様にしなくてはならない。
「ふざけんなよ。何が350万だよ・・・」
俺は歩きながら呟いた。

弁護士は言った。
「そういう人達は、何とかすれば払えそうな額を提示します」

「家族に危害を加えるというのはきっと脅かしだと思いますよ。そんな事をしたらもっと罪が重くなる。ただ注意して置くことは大切です。半グレなどと繋がっていなければいいのですが・・・」
「でも、繋がっているなら、もっと用意周到ですよ。お宅の家族の写真を見せて脅すとかね。・・・それに半年も待たないと思う。数をこなさなくてはならないから。だから、きっとそれは無いと思いますが、注意は怠らないようにしてください」
弁護士はそう言った。
警察にもその旨を伝えると、近所の交番に連絡を入れてくれると言っていた。


俺は歩きながら考えた。

猶予は来週の金曜日である。それを過ぎたら俺の社会的身分は抹殺され兼ねない。
会社にあんなものが送られたら・・。それよりもマンションに・・・。
それを考える心がずんと重くなる。
俺の大事な家族が泥を被ってしまう・・・。俺の馬鹿な行いの所為で。
それがばれた時の英子や梨乃、和巳の顔を思い出すと・・・。
俺は本当に居た堪れなかった。
だが、それよりもまず家族の安全だ。
アイツらが凶悪犯で無ければいいが・・。

もう家族には彼らが捕まるまでずっと石垣島に滞在して欲しいと思った。

「良かった。エリの部屋へいかなくて。本当にそれだけは良かった。行っていたらとんでもないことになっていた」
俺はそう呟いた。
後は隠れて弁護士と連絡を取り合い、何とか迅速に事を進めるだけである。
やるだけの事はやった。
後はまた石垣島の後だ。
俺はそう思った。
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