第32話  英子の場合。 ノープロブレム

文字数 2,156文字

「じゃあ、行ってくるから」
「行って来ます」

和巳と亮介は朝早く家を出て行った。
二人で今日はドライブだということだ。
簡単な弁当を作って持たせた。暑いから早めに食べるように言った。
「どこへ行くの?」と聞いたら、「昔、家族でよく行った磯に行く」と言った。
「気を付けて行ってらっしゃい。天気も良いから、海も綺麗ね」
私はそう言って送り出した。


私は昨夜そのまま眠ってしまった。
久し振りに夫の腕の中で眠った。
眠る頃には酔いも覚めていたが、自分に「お前は酔っている」と言い聞かせて眠った。

昨日の夕食は和巳と梨乃とあのお寿司屋に行って来た。
亮介とマルエリの行った寿司屋。
木曜日の夜に予約を取った。

私は子供達に言った。
「カウンセリング講座の給料が出たの。だから御馳走するね。でも、パパには絶対に内緒よ。
パパに言うと、『そんな贅沢して』って怒るから。でも、たまにはいいわよね?だって、パパなんかしょっちゅう外食しているんだから」

店は銀座にあった。

「さあ、さあ。何でも好きな物を頼んで。遠慮は要らないわ」
私は早速ビールを頼む。
ビールもめっちゃ高いが、ノープロブレム。全くノープロブレム。
「ママ。すごく高いよ。いいの?こんな高級お寿司屋」
梨乃がメニューを見て言った。
「中とろ一貫二千円だって。・・あり得ない・・・」
和巳と梨乃は思いも寄らない価格に驚いていた。
「いいの。いいの。どんどん頼んで」
私はビールを飲みながら言った。

三人でメニューを覗き込む。
ああだ、こうだと言いながら、結局三人とも「今日のお薦めセット」を頼むことにした。足らなければ、後でお好みで追加すればいい。

「上限は?」
和巳が言った。
「じゃあ、一人三万で」
「えええっ!!」
二人は驚いた。

尊君からメールが届いた。
スマホに通知が出ていた。私はそれを無視した。
折角の極上寿司が不味くなる。
今日、尊君は亮介を尾行しているのだ。

「ママ。ねえ。『北海道函館産ウニ』は時価だって。」
梨乃が言った。
「セットに付いている」
和巳が言った。
「欲しかったら追加で頼んでいいわよ」
そう言ってウニを頼む。どうでもいい。どうせ、亮介の家族カードで支払うのだから。
私はビール以外にもワインを飲んだ。バカ高いワインだったがこれもノープロブレムである。

「和巳。パパが和巳の事を心配していたわよ。最近、元気がないって」
私は言った。
「そう?」
和巳は寿司の写真を撮りながら返した。
「そうだよ。和巳。夫婦喧嘩の原因は和巳らしいよ」
この時ばかりと豪快に寿司を食べる梨乃が言った。
「えっ?僕?」
和巳はきょとんとする。

「和巳が元気の無いのは拓斗君が亡くなったからだって言って置いたから。パパは学校で苛めがあるんじゃないかって心配していたのよ。そう思うなら自分で聞けばいいのに、ママに八つ当たりして。本当に困ったものだ。・・・今度ちゃんと話して置いてね」
私は言った。
和巳は「うん」と言って、寿司をひとつ摘まんだ。
「そんなの、少し考えれば分かる事なのに。・・・本当にパパってマイペースと言うか、自己中心的と言うか、子供って言うか・・・。良くあれで社会人やっているよね」
梨乃は生意気な事を言う。だがしかし、それは間違ってもいない。
「今までずっとママに任せっきりだったくせに。受験の事とかさ。・・・それなのにちょっと気になると突然スイッチが入って騒ぎ出して。それも大騒ぎ。ずれてんだっつーの。ホントに困るよ。・・ママが甘やかしてるから、ダメなんだよ」
梨乃はダメ出しをする。
「もっと、厳しくチェックして厳しく躾けなくちゃ。ママは甘過ぎ」
私は笑った。
「だって、梨乃。私は亮介の親じゃないんだから。・・・でもまあ、あれでいい所もあるのよ。梨乃がパパを褒めて伸ばしてあげてよ」
「嫌だよ。私こそ親じゃないから」
梨乃はばっさりと切る。
和巳が噴出した。

私達は亮介を肴に三人で楽しく笑った。
「今頃、くしゃみしているよ」
梨乃が言った。

会計を済ませ、店を出ると3人でコーヒーショップに寄った。
「デザートを食べましょう」
私は言った。

二人はケーキと紅茶を頼んだ。私もケーキとコーヒーを頼む。
「さて」
私は尊君のメールを開いてみた。

亮介とマルエリのツーショット。
場所はイタリアンレストラン。
思った通り。同僚と飲み会なんて嘘に決まっている。
この後はきっとホテルだわね。
この野郎・・。私はスマホを握り締める。


と、その時またメールが届いた。自宅マンションに戻る亮介の写真。
コメントがあった。
「何やら深刻な顔で話をしていました。もしかしたら別れ話かも知れないですね。・・・今日は食事だけして帰りました」

私はその文章を見詰める。
体中から力が抜けた。すごくほっとした。
梨乃がケーキを食べながら怪訝な顔で言った。
「どうしたの?ママ。何かあったの?」
「いえ。何でも無いわ」
私は答えた。
私はカレンダーを見て考える。

最後にあの二人がホテルに行ったのは・・6月の第二週だったわね・・・。
鳴りを潜めていたから、もしかしたら別れたのかとも思っていたが・・・・やっぱりまだ別れていなかったのね・・・。
そう思った。



私は亮介の好きなチーズタルトをお土産に購入した。
今日寿司屋で使った金額は6万5千円。タルトは800円。
マルエリと会っていたのは気に入らないが、まあ直帰したのは褒めてやろうと思った。








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