第53話  亮介の場合  石垣島前日 3

文字数 1,643文字

「えっ?」
俺は思わず大きな声が出た。
その後は茫然をするだけだった。

「そんな馬鹿な・・・」
毎回ちゃんと避妊して、それにはとても神経を使っていたのだから、そんな筈は・・・。
エリは俺の考えを読んだように言った。
「だって、100パーセントって事は無いでしょう?」

俺は頭が真っ白になった。
子供・・。子供が出来た?俺に?エリと俺の子?不倫の子?嘘だろう・・・。嘘だろう・・。
マジで・・?

「生理が遅れているから、検査したら陽性だったの。それでお医者さんに行ったら、妊娠8週目ですって」

「ちゃんと診断書も書いてもらったの」
エリはごそごそとバックの中を探す。

俺は茫然としたまま、後ろを振り返る。茶髪の男を見た。男はこちらを見ていた。
いつから見ていたんだ・・?
俺が振り向いたのを知ると彼は視線をPCに戻した。

俺はエリに聞いた。
「エリ。あの席でPCを開いている人。あの茶髪の・・・。さっきから俺をチラチラ見ている気がするけれど、君の知り合い?」

エリは目を上げて男を確認した。
そして首を横に振って言った。
「知らないよ。きっと庭を見ているんじゃないの?」
俺は頷いた。
「ああ。それならいいんだ」

「はい。これが診断書」
エリは封筒から出した診断書をテーブルの上に置いた。
俺はそれを手に取って見た。
確かに8週とあった。日付は今週の月曜日。
俺はスマホを取り出した。
「ちょっと写真を撮るね」
エリはむっとした顔をした。
「何で?信用していないの?」
「そんな事はないよ。だって診断書があるんだから。念のため」
俺はそう言って診断書の写真を撮った。
スマホの写真を確認する振りをしてレコーダーを起動させた。スマホをエリに見えない様に隣の椅子の上に置く。

「で、どうする?産むの?」
俺は聞いた。
「うん。・・・私は本当は産みたいの。だけど、そうしたら亮ちゃんが困るでしょう?それとも奥さんと離婚して私と結婚する?」
「いいよ。俺はそれでも」
俺はそう言った。
「君が望むならそれでもいい。だって、子供が出来たのだから。・・・すぐって言う訳にはいかないけれどね」

エリはじっと俺を見て「ふん」と鼻で笑った。
「嘘ばっかり。本当にあなたって嘘付きね。だってあなたは私に言ったでしょう。最初に。
『俺は女房と離婚する積もりは無いから』って。・・・それに悪いけれど、私もあなたと結婚する積もりは無いの。だから子供も産む積りはないわ。ただ言ってみただけ。だから早い内に処置してしまおうと思っているのよ。それでね。その費用として・・」

「ちょっと、待って。じゃあ、いいから、今から医者に行こう。そこの病院じゃ無くて違う病院でいいかい?俺が付き添うから。そこでまず検査をしてもらおう」
俺はエリを遮って言った。

「で、もし妊娠していたら、下ろす前にその子が本当に俺の子かどうかって、いつから検査できるのか聞いてみよう。一応。ああ、勿論費用は俺が出すよ。今、探すから、近くの産婦人科。やっている所」
俺はそう言ってカバンからPCを出す。

エリは鋭い目で俺を見た。
「ちょっと、私の言葉が信じられないって言うの?診断書がここに在るじゃ無いの」
「だったら別の病院だって同じだろう。・・エリ。君が本当に妊娠しているとして、その子供の父親は本当の俺なのか?
窓の向こうでこっちを見ているあの茶髪の男じゃないのか?さっき、あいつの車でやって来ただろう?赤いポルシェで」
俺はエリを睨んで言った。

エリは顎に手を置いて俺を眺めた。何かを考えている。あまり動じていない。
そして、バックからスマホを取り出すと文字を打ち出した。
視線を上げて、片手を上げる。
俺は後ろを振り返った。
茶髪の男が顔を上げて、エリに片手を上げた。そしてPCとバックを持つのが見えた。
彼はそれを持って、歩き出した。

ドアがノックされて「はい」とエリが答えた。
男は俺に目礼をすると黙ってエリの隣に座って、PCを開いた。
そしてPCを操作するとその画面を俺に向けた。
そこにはホテルから出て来た俺とエリが映っていた。
俺は思わず男の顔を見詰めた。
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