第8話  梨乃の場合  疑惑

文字数 1,152文字

去年の6月。
ある土曜日。
和巳は朝から具合が悪くて、昨夜から何度か吐いたと言った。ママは和巳を医者に連れて行った。
家で私とパパは留守番をしていた。
私達はリビングでテレビを見ていた。パパのスマホに着信があった。
それを見たパパはぎょっとした顔をした。
「ママ?」
「いや。仕事の電話」
パパはそう言うと電話に出て「今、自宅なので、ちょっとお待ちください」と言って立ち上がった。
そうして寝室に入ってバタンとドアを閉めた。

 宅急便が来たけれど、パパは部屋から出て来なかったので私が受けた。パパ宛だから部屋へ持って行こうとした。ドアをノックしようとしてその手を止めた。ドアの向こうから微かにパパの声が聞こえた。パパは何かを早口で何かを言っていた。怒っているみたいで私は思わず耳を澄ませて、ドアに顔を近付けた。
「仕方ないだろう!子供が病気なんだから!」
そう聞こえた。

私は荷物を持ったままそっとドアの前を離れた。
椅子に座ってテレビを見ていた。
テレビを見ながら、さっき聞こえた言葉について考えた。
暫くしたらパパが部屋から出て来た。
私はパパに言った。
「宅急便。来ていたから」
パパは有難うと言ったが、それを手に取る事もせず、じっとテレビを見ていた。
何かをずっと考えているみたいだ。
私はそんなパパの顔を盗み見ながらテレビを見た。


和巳とママが帰って来て、
「風邪でしょうって。お医者様が。お薬をくれたから大丈夫。水分をたくさん取ってゆっくり休んでくださいって。陽気が悪いから似た様な患者さんがいるらしいわよ」と言った。
「さて、お昼は何にしようかしら・・・」
ママは立ち上がった。


「俺、ちょっと会社に行って来る。和巳も大丈夫みたいだし、お得意から電話が入ってさ。確認したい事があるんだ。出来るだけ早く連絡が欲しいって言うから、先に行ってくるよ。それで昼は外で食べて来る」
パパはそう言った。
「あら、そう?休日なのにね。ご苦労様」
ママは言った。
「帰りに買い物をして来るから欲しい物をメモしてくれないか。夕ご飯のおかずは何が良いかな?」
そう言ってパパは着替えて家を出て行った。
私は立ち上がると、ママに言った。
「私、朝ご飯さっき食べたばかりだから、お昼は後にする。出掛けて来る。本屋に行って来るね」

自分でも何でそんな事をしたのか分からない。
だけど、さっきの電話は仕事の電話じゃ無い。
パパは嘘を付いている。
そう思った。
だって、さっきの言葉は、まるで恋人と喧嘩をしているみたいな言葉だった。
まさか・・・と思ったが不安がむくむくと湧き上がって来て、そのままにして置けなかったのだと思う。
「あらまあ。じゃあ私と和巳だけね」
ママは言った。

キャップを目深に被るとその上からトレーナーのフードを被った。
家を出てパパの姿を探した。パパは急ぎ足で駅の方に向かっていた。
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