第25話  和巳の場合  拓斗の事

文字数 835文字

 腕の内側にぽつぽつと何かが出来た。最初は赤い点だったのが盛り上がって来た。
 小さいぶつぶつが沢山出来て、それが芽を出した。腕の内側に沢山の芽。
 気持ち悪いと思った。
 医者に行ったら同じような症状の人がいた。
「鳥皮病ですな」
 医者は言った。

 他の人の芽は枯れてしまったけれど、僕の芽はぐんぐん伸びて葉っぱが生えて来た。
 腕の内側に沢山の小さな葉が生えた。
 そんな夢を見た。
 気色の悪い夢だと思った。

 カメラを手に取って、ファインダーを覗く。
 レンズにはやせっぽっちの小さな女の子が見えた。初めて見る女の子だった。
 女の子はくりくりとカールした髪を耳の所でツインテールにしていた。大きな丸い眼鏡を欠けていた。そばかすが見えた。
 女の子はニッと笑った。
 前歯が欠けていた。ああ、歯の生え変わりだと思った。
 女の子の姿が薄暗い膜の向こうに消えて行く。
 膜はどんどん厚くなって行く。そしてゆらゆらと動く。
 小さな泡がぷつぷつと上がって行く。
 水の中だ。
 女の子は厚い水の向こう側に行ってしまって見えなくなった。

 僕はカメラを置いて前を見る。
 水なんかどこにも無い。

 もう一度ファインダーを覗いた。
 拓斗が映った。
 今の拓斗じゃない。あの頃の、小学校5年の時の拓斗。拓斗がこちらを見て笑った。
 誰かの手が伸びる。
 拓斗は手の持ち主を見上げる。

 その手が拓斗の腕を掴んでどこかに連れて行った。
 視界から拓斗が消えた。
 僕は「拓斗」と呼んでカメラから目を外した。
 拓斗はどこにもいなかった。

「このカメラを覗くと自分の前世が見える」
 そう言って夢の中で僕にこのカメラを渡したのはアキラだった。

 僕ははっと目が覚めた。
 カーテンの向こうには朝の気配があった。
 僕はぼんやりとしたまま朝日が透けるカーテンを見ていた。


 拓斗を掴んで連れて行ったのは死神だろうか。
 僕はそんな事を考えた。
 拓斗が交通事故で亡くなってから、よく夢を見る。変な夢ばかり。
 拓斗がこの世から姿を消して一ケ月が過ぎた。


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