第7話  梨乃の場合  秘密

文字数 1,243文字

可哀想なママ。

部屋に戻って私はカバンを放り出すと、制服のままベッドに転がった。
パパが浮気しているとも気が付かないで・・・。あんな幸せそうな顔をして「パパ一筋」とか言っちゃって・・・。
パパに馬鹿にされたから痩せると言ってホットヨガに通うとか。もう哀れ過ぎ。

家族が宝物で一番大切にしていて、それこそ毎日毎日くるくると働いているのに、パパは若い女と浮気しているのだ。本当に頭に来るし気持ちが悪くて仕方がない。

私はスマホを手に取る。
『きりん』というグループ名。
家族ライン。
何で『きりん』かと言うと、和巳が小さい時に「僕はきりん年生まれです」と言ったのがすごくうけて、ママはそれを覚えていた。だから「きりん」。
それをスクロールしてみる。
ちょっとした連絡とか写真とか。待ち合わせの時間とか残業の話とか。
私はスマホを閉じた。

あの日から、パパの浮気を知った日から、私のパパを見る目は180度がらりと変わってしまった。

涙が浮かんで来た。
こうやって自分の部屋で何度泣いただろう。
でも、私は決めたのだ。
誰にも言わないと。

ママが幸せならわざわざそれをぶち壊しにする事も無い。知らない振りをしようと決めた。
だからパパにも「私は知っている」という事を気付かれてはいけないと思った。頭に来ても気持ちが悪くてもそれを知られてはいけない。普通にしていなくちゃいけないと。

もしかしたら、パパも反省して浮気をやめるかも知れないから。いや、もう止めているかも知れない。
分からない。
まだ続いているのか、それとも止めたのか。
もう止めたって信じたい。
・・・本当に嫌だ。

もし止めていたなら、そうすればママは何も知らないから、平和な家族のままでいられる。私さえ黙っていれば。私さえ我慢すれば。
だからそっとして置こうと決めた。
これは私達の問題では無く、夫婦の問題だから。

私は自分に言う。
そんな事を言いながら本当はそれがばれて家族がばらばらになるのが怖いのでしょう?
怖いよ!怖い!すごく怖い!
この生活が壊れてしまうのが怖い。
だから梨乃はずるいのだ。
あんたずる過ぎ。ママが可哀想だと思わないの?
思うよ。思うけれど・・・。
でもまだ高校へも行かなくちゃならないし、大学へも行きたい。今更公立校を受験なんてしたくない。友達もいるし学校は楽しいから。

和巳だって苦労して受験して中学に入ったのに。まだ一年生なのに。親が離婚だなんて、和巳が可哀想。
だから何事も無く済めばその方が私も和巳もその方がずっといい。ママには悪いけれど、だって仕方がないもの。私達には何もできないから。

自分がずるくて自分勝手な人間に思えた。
あれからずっとそう思っている。
何もかも、身勝手なパパの所為だ。

何度もパパに言おうと思った。その都度、思い直した。
ママを悲しませるのが嫌だった。家族が壊れるのが嫌だった。将来が不安なのが嫌だった。
私は天井を見詰めながらじっと考えた。涙が頬を伝う。涙は次から次に流れて来る。
私は横になって体を丸めた。ベッドの上で静かに涙を流しながら目を閉じた。

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