第2話  英子の場合  書店にて 

文字数 1,242文字

夫の浮気現場を目撃した。
偶然。それこそ本当に偶然に。

夫の会社の近くに大きな書店が出来た。
何時もの本屋では無くそちらに行ってみた。
その日は仕事が休みだったから、新しい書店の様子見も兼ねてカウンセリングや心理学関係の本を物色しに出掛けたのだ。丁度昼時だった。

購入した本をリュックに入れて今日の夕食は何にしようなどと思いながらエスカレーターで降りて行く。
ふと視線を向けると夫の姿が目に入った。私は驚いた。
夫は文庫本コーナーで本を見ている。
声を掛けようとした。
その時、若い女性が夫の近くに歩み寄った。
髪の長いスレンダーな女性。
あろう事か夫の腕を取り、肩に頭を寄せる。
何やら笑いながら話をしている。

私は唖然としてそれを見詰めた。
私はエスカレーターを降りると逃げる様にそのフロアの片隅に隠れた。
リュックから帽子を取り出しそれを被る。コートの襟を立てて本を読む振りをしながら夫と女性の様子を伺う。

二人は何やら楽し気に話をしていたが、腕を組んで店舗の外に出て行った。
見ていると店の外で手を振っている。女は道の左側に夫は右側に去って行く。
私は女の後を付けてみた。
彼女の後ろ姿をカメラに収める。
白いヒールと細かいプリーツの入ったスカート。
春らしい色合いのコーディネート。ブランドのバック。
私は自分のくたびれたスニーカーとデニムを見下ろした。


何の事は無い。
一本向こう側の横断歩道を渡って夫と同じビルに入って行った。
同じ会社なのか、違う会社なのか分からない。
オフィスビルには幾つかの会社が入っていた。
私はその姿をもう一度カメラに収めた。
オフィスビルを通り過ぎ、私は後ろを振り返る。
じっとビルを見る。
 
そう言えば、残業と言って遅くなることがあったっけ。
夕食は食べて来たから要らないとか。
休日にはお得意様に誘われて、ゴルフとか言って泊りがけで出て行った事もあったなと。
いつからだろう・・・。
ここ半年・・?いや、一年?
もっと前?
全く気が付かなかった。

彼はいつの間にか私を求めなくなっていたし、私が誘っても「疲れているから」と言って断る事もあった。だが、皆無という訳でも無かったから・・。

義理?・・義理かい?・・・義務感から?仕方なくて・・・・?
彼女との関係を隠す為に?
嫌々ながら・・・?


大きなため息を付いた。
がっくりと肩を落とす。
涙が落ちて来た。それをハンカチで拭う。
私はとぼとぼと帰り道を歩いた。


フェラーリに乗っていたのは、義兄夫婦の姿を借りた夫とあの女性なのだろうなと思った。
彼はもう私に興味を持てなくなったのだ。
夢って凄いなと思った。
私の無意識は私が仕事や家事でてんやわんやしている時にも冷静に夫を観察していたのだった。
そしてそれを私に伝えたのだ。夢と言う手段で。

私は怒りと失望感で一杯になりながらも、そんな風に冷静に分析をしてる自分が嫌になった。
電車に乗り込む。
平日の昼間なので電車は空いている。

シートに腰を下ろすと目を閉じた。
二人の姿が瞼に浮かんだ。涙が浮かぶ。
このままどこかへ行ってしまいたいと思った。
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