第21話  亮介の場合  水曜日の妻

文字数 1,407文字

  6月の最終水曜日。
英子のカウンセリング講座は今日が最終日だ。
そして次週はまとめと反省会だと言う。
終わって良かったと思った。


水曜日には早めに家に帰って、英子が用意した夕食を和巳と梨乃と食べる。
三人で食べていても会話は弾まない。
テレビの音だけが流れて行く。
英子の不在がこんな寂しい物だとは思わなかった。

英子がカウンセリング講座なるものを始めなければ、そんな事にも気付かなかった。
英子が夕食時にいないなんて滅多に無かったから。
俺が帰って来て英子が家にいないのは・・・本当に数える程だったから。
英子が帰って来るのを心待ちにしている。
遅いと心配になる。
何をやっているんだと腹が立ってくる。
9時を過ぎるとイライラは頂点に達する。
英子にラインを送る。
英子から「今、駅」とか、「もうすぐ着く」とかが帰って来る。
英子が「ただいま」と言って玄関のドアを開けるとほっとする。
ああ良かったと思う。

だが、しかし俺の気持ちは収まらない。
「ごめん。ごめん。遅くなってしまって」と言って部屋に入って来る英子にぶすりとした顔で言う。
「もっと早く帰って来いよ。9時には帰るって言う約束だろう?」
「みんなの話が面白くて。帰ろうと思ったのだけれど。御免なさい」
英子はちっとも反省した風でも無く、そう言った。
着替えて来るね。
英子はそう言うと部屋に向かった。

「パパだって残業でいつも遅いじゃん」
また梨乃が口を出す。
「パパは仕事なの!!」
「ママだって仕事だよ」
「ママは食事して遅くなるんだろう」
「パパだって残業の時は食べて来るじゃん」
「いつもじゃない。何でそうやってママの味方ばかりするんだ。梨乃は・・」

がたりと椅子が動いて和巳が立ち上がった。
梨乃と俺を見て「もう煩い。僕は部屋へ行くから」
そう言って和巳は部屋へ行ってしまった。
俺と梨乃はその後ろ姿を見送る。

「なんか、和巳、最近、暗いな・・・」
「うん。拓斗君が亡くなってから、すごく落ち込んでいるよね」
梨乃はそう言った。

俺は梨乃に聞いた。
「和巳が拓斗君と仲が良かったのはサッカークラブにいた頃の話だろう?もう、3年も4年も前の話だ。まだ付き合いがあったのか?」
梨乃は答えた。
「和巳が話さないからよく分からないけれど・・・」

俺は顔を曇らせた。
「まさか学校で苛めに遭っているとか、そんな事は無いんだろうな?」
「無いと思うけれど・・・和巳、中学へ入ってから、すごく大人しくなったからね」
「勉強についていけないのか?」
「そんな事は無いと思うけれど・・・・」
「だから俺は私立じゃ無くて近くの公立に行けばいいって言ったんだ。そうすりゃサッカーだって辞めなくて済んだのに。どうしたって運動不足だろ。中学生なんて走り回ってりゃあ、それでいいんだよ。発散させなくちゃ駄目なんだ。それなのに運動部は嫌だとか言って、PC部だか、アニメ同好会だか何だか・・」
「だって、和巳が私立に行きたいって言ったんじゃん」
「英子が勧めたんだ」
「違うよ。和巳が5年の3学期にそう言ったんだ」
「・・そうだった?」
「そう」

俺はため息を付いた。

「ママは知っているの?」
「うん。知っているよ。でも、そんなに心配はしていない。・・それにママは今、忙しいからね」
俺は舌打ちをした。
「俺からママに聞いてみる。全く、母親失格だろう・・本当に何をやっているんだよ。自分の事ばかりで・・」
ぶつぶつとそう言う俺を梨乃はじっと見ていた。
そして黙ってリビングを出て行った。

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