第43話    亮介の場合  水曜日の妻 2

文字数 2,286文字

 仕事を切り上げて定時で会社を出る。
 英子は本日どこかの店で反省会&打ち上げだそうだ。
 英子は社交的な性格だし、頼りにもなる。だから、きっと仲間内でも好かれているのだろうなと思う。
 新しい友人を作ってネットワークを広げ、情報交換をする。それは英子の様な仕事では大切な事だ。彼女は一人で各学校を訪れる。そこの先生達と話をする。だが、それは学校毎に違うメンバーで、付き合いは週一である。ある意味「ピン」と言っても間違いではないだろう。何かを共有する仲間は貴重な存在だ。

 実は俺も司法書士の資格を取ろうと思っている。将来に向けて。それで自分で小さな事務所を開く。今の会社は給料もそこそこだし、長いから居心地は良いのだが、だからってずっとこのままって言うのもなあ・・。
 そうだな。この際、水曜日は俺も勉強の日にしようかな。早く帰って勉強をする。俺も今年は43歳だし。不倫なんかしている場合じゃないよな・・・。

 平成28年度の税制改革では消費税の10%への引き上げと軽減税率制度、それに伴ってのインボイス制度が導入される事が決まった。国民は消費税引き上げでわあわあ騒いでいたから、その陰にひっそりと潜む『インボイス制度』については存在を知らなかった人だっていただろう。
 
 数年後にはインボイス制度が導入される。それで会計事務所の顧客は増えるだろうか?それとも減るだろうか?

 会計ソフトはどんどん進化していて、その仕組みを理解できれば、会計事務所要らずで、会社経理が出来てしまう。当然決算書の作成も出来てしまう。(正しい場所に正しい数字を打ち込めば)
 仕分けを知らなくても懇切丁寧な仕分けアドバイザーがあるから似た様な事例を探して、それを参考に仕分けができる。新しいアプリには自動で仕分けをしてくれるものもある。状況を入力すれば自動的に仕分けができる。それでも分からない事は税務署に聞けば教えてくれるし、ソフトウェア会社のサポートもあるだろう。色々なアプリやウェブアプリがあって、無料のお試し期間なども設けられている。

 インボイス制度が始まるまでに事業者はインボイスに対応した受発注システムや請求書管理システムを備えた会計ソフトに切り替えなくてはならない。
政府からの色々な補助金は出るが、そもそもPC環境が整っていない人はこの先大変な思いをするだろう。
 もともと「免税事業者」の「益税」をきちんと回収しようと言う意図で定められた制度だが、インボイスが無ければ仕入税控除が出来ないという仕組みになっている。そんなのめんどくせえと言って放置しておくと、今度は取引先に取引を断られてしまう可能性だってある。何故なら「課税事業者」でない事業者と取引することで仕入税控除ができなくて損をする可能性があるからだ。
 
 誰も彼もが「課税事業者」になってインボイスを発行する?そして政府は免税事業者の「益税」をきちんと徴収することができる?「免税事業者」は絶滅する?
 そんな簡単には行かないよな。ロボットじゃ無いんだから。

 まあ実施近くなれば、いろいろと救済案は出てくるのだろうが、大筋の所は変わらない。

 しかし売り上げの少ない免税事業者に大きな負担を掛けて、そこからも消費税を取ろうとする、政府にしてみればそれが正しい消費税の在り方などと言うが、確かにそうなんだろうけれど・・・。課税事業者と免税事業者の不公平感を緩和すると言っているが・・・デメリットの方が大きいのではないの?増える仕事量や費用を考えたら。
 複雑な業務が増えて、老齢で仕事をしている人とか、人手不足で社長自ら走り回っている人とか、どうなっちゃうの?そんなの勉強している暇が無いとか、勉強しても消費税の仕組みが複雑過ぎて分からないとか。・・・まったくなあ。もうちょっと国民の事を考えて欲しいよ。杓子定規じゃなくて。

 そんな事をするなら、同時に議員の給料を下げたらいいんじゃないかな。一万でも二万でも。世の中はみんな給料が上がらないだからさ。不公平感を減らすということで。
不要な手当とか。文通費(旧文書通信交通滞在費)とかさ・・。縮小するとかカットするとかすればいいだろう?・・・・文通費って、あれ、一体どうなったの?結局。あのまま?先送り?
あれって、月末であっても議員になれば満額月100万貰えるらしいぜ。領収書等の提出義務はないし。あんなのどっかに小さな専門部署作って、そっちこそアプリ使って申告制にすればいいんじゃないか?一般企業に発注していいアプリを作ってもらってさ。
で、それを議員全員に使ってもらうの。領収書はカメラで写して添付すればいい。

 俺はそんな事を考えながら歩いていた。
 駅近くになって、不意に声を掛けられた。

「亮介」
 俺は顔を上げた。
「英子!」

「びっくりした。何でここにいるの?反省会は?」
「この先にあるレストランでやるのよ。ほら、新しいブックストアが出来たでしょ?あの上にレストランがあるのよ。そこでやるの」
 英子は言った。
「ああ。そうか・・・」
と言いながら俺は英子を上から下まで眺める。

 ストンとしたシンプルなワンピース。淡い色彩で花が描かれている。涼し気な色合いだ。
 上にカーディガンを羽織っている。淡いベージュのバックと同色のハイヒール。
 化粧が上手くなったなあ・・・。
 ワンランクもツーランクも上の女に見えた。
 俺は思わず微笑んだ。
「何?」
 英子が言った。
「いや、随分綺麗に・・」
 そこまで言った時に、声が聞こえた。
「英子さん」
 男の声。
 英子は振り向いた。
「あら、尊君」
 英子は男を見て片手を挙げた。
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