第48話  亮介の場合  更に単純な人

文字数 981文字

部屋に行くと英子が洋服の手入れをしていた。
今日来ていたワンピース。
「いい服だな」
俺は言った。
「そうでしょう。高かったのよ。やっぱり高いのはそれだけの事があるわよね。」
俺は英子の背中にぴったりと張り付くと両腕を体に回した。そしてその首筋に鼻面を押し当てた。まるで主人を恋しがる犬みたいにくんくんと鳴いて甘えたかった。
「すごくいい女に見えたよ。一瞬、見惚れたよ」
俺はそう言った。

「あら、そう?」
英子は俺を背中に張り付けたまま洋服にしゅっしゅとスプレーをする。
「そういう言葉を聞くと、気持ちがアップしてもっと綺麗になろうって思うよ」
そう言いながら洋服の皺を伸ばす。
「亮介ってそういう事を全然言ってくれないしさ。文句は言うくせに。意地悪も言うくせにさ」
「・・・・」
「昔はもっと優しかったのになあ・・・・きっともう私に飽きちゃったんだろうなあって思っていたの」
俺は慌てて言った。
「そんな事はないよ。断じて無い。・・・・御免。これから気を付ける。(だから尊君とはもう会わないで欲しい)」
*注()は心の声である。

俺は英子の頭に自分の顎を載せる。

英子が移動すると俺も一緒に移動する。
とうとう英子が笑いだした。
「何をやっているの。亮介。もう、いい年して馬鹿じゃ無いの(お前は背後霊か)」
「何となく・・・」


「ねえ。あの男と仲がいいの?」
そう聞いてみたかった。だが、流石にそれは言えなかった。それに仲がいいに決まっている。
「ねえ。あの男の為に綺麗にしたの?」
俺は顎をかくかくと動かしながら、そんな事を考える。

「痛い!亮介。頭が痛いから、ちょっとその顎、どけて」
英子が言った。
「嫌だ」
俺は却下した。
英子は片手を俺の頭に回して言った。
「ふふ。亮介、やきもち焼いているんだ」
「そんな事は無い」
俺は言った。
英子は自分の胸元で組まれた俺の手をぽんぽんと叩いた。
「あんな若い子が私にどうこうするはずがないでしょう?それに大丈夫。どんなイケメンが現われても私は亮介一筋だから」
そう言って笑った。
俺の心がぱあっと明るくなった。
俺は一気に急上昇した。
深い地の底から。明るい陽が差す美しい場所に。

俺は英子の回りをくるくると回ってわんわんと元気に吠えたい位だった。尻尾を千切れる程振って跳ね回る。

俺は英子の頭に頬を寄せて「じゃあ、今夜は俺と一緒に寝てくれるだろう?」と言った。
英子が愛しくて仕方が無かった。

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