第28話  亮介の場合。  疑惑

文字数 1,176文字

 7月1日 金 
 朝。

「今日はちょっと同僚と飲んでくるから。昨夜言って置いたよな」
 英子はちらりと俺を見た。そして黙って頷いた。

 一昨日の諍いが尾を引いていると感じた。まだ英子の態度は硬いままだ。俺も同様にあの時の英子の態度がショックで、英子に対して冷えた態度を取っていた。こんなに引き摺る事は今まで無かった。喧嘩をしても次の日には何となく普通に戻っていたのに。

 俺があんな事を言わなければ良かったのだ。「ちゃらちゃら」なんて。
 だから全面的に俺が悪いと思った。確かに英子の言う通りだ。本当に自分は馬鹿だと思った。綺麗な嫁が良いと言いながら・・。そりゃあ、英子が切れるのは当然だ。

「尊君」とか言う奴との楽し気な電話にかっとしてしまった。
 俺はこんなに和巳の事を心配しているのに。ご気楽な英子に腹が立ったのだ。
 俺はすっきりしない気分で家を出た。

 歩きながら考える。
 実を言うと俺は心の片隅である疑惑を抱いていた。
「もしかしたら、英子は知っているのか?」
 英子からは尋常ではない雰囲気を感じた。
 それなら俺の手を払ったあの態度も頷ける。
 だが、しかし、単に俺の言葉に切れた結果という事もある。
 こちらの方が可能性は高い。

 知る筈は無い。
 どう考えても気付かれる筈はないと思った。
 それに知っていたら、激怒して俺を問い詰めるだろう。あんな風に冷静でいられるはずがない。泣いて怒って責めて、そして離婚すると言うだろう。そう言うに決まっている。
 ・・・・そこまで考えて、俺はちょっとやばいなと思った。今更ながら。

 俺はもし英子にバレてしまった時は、「魔が差した」と言ってひたすら謝ればいいと思っていた。どんなに罵倒されても謝り倒す。浮気は初めてだし(本当は違うのだが)誘惑されて、ついふらふらと付いて行ってしまったのだと。
 御免なさい。もう二度としません。
 許してください。
 心から反省しています。
 すごく後悔しています。
 そう言えば、心の広い英子はきっと許してくれるだろうと思っていた。

 究極、俺達は子供もいる「家族」なのだから、その絆は俺の多少の浮気で消えてしまう程、簡単でも弱くも無い。俺達の絆は強いのだから。英子は俺をとても愛しているし、俺だって英子を愛している。それは盤石の信頼だ。それは心の繋がりだから、多少、肉体の繋がりを他に求めた位で、英子が本気で離婚とか・・・。
 言う事は言うだろうよ。「離婚するって」。
 でもそれは実際には有り得ない、俺を懲らしめるための言葉でしかない。
 だって、離婚なんて出来る訳がないだろう?
 可愛い子供がいるのだから。
 俺はずっとそう思っていたのだ。

 だが、昨日の英子を思い出すと・・・
 これはちょっとまずいかも知れないと思った。
 

 和巳の事も心配だし、もう潮時かなと思った。
 エリとの関係も半年になろうとしていた。

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