第6話  梨乃の場合   ママの話

文字数 1,695文字

 私の名前は梨乃。
英子と亮介の長女。
私立中学の2年生。4月から3年生だけれど、ウチの学校はエスカレーターで行くから。
まあ、塾には行っているけれどね。

ある日帰って来るとママが言った。
「ねえ。梨乃。ママ、水曜日はお休みでしょう?でね。B市で働いているお友達が水曜日の夕方、6時から7時半まで市民講座でカウンセリング教室を開くのですって。
一般に向けて。それでママにも講師で出てくれないかって言うの。他の講師の人も頼んであって、数人で担当するんだって。面白そうだなって思って。で、その後カウンセラー同士で交流を深めましょうって・・・・だから、それを受けてみよう思うの。期間は4月からの3か月なの。9時には帰って来るし、夕飯は出掛ける前に作って行くわ。水曜日はパパにも残業を入れないでくれってもう頼んであるの。どう思う?今はパパは忙しいけれど年度が変われば大丈夫だって言っていたわ」


私は心配になった。
「ねえ。そんなに仕事を入れて大丈夫なの?」
ママはふふっと笑った。
目の端に笑い皺が寄る。
「これは言っちゃなんだけど、仕事と言うよりもちょっとした研修みたいなものよ。謝礼だって雀の涙程度よ。他のカウンセラーがどんな資料を用意してどんな風に講義を進めるか、それを勉強してみたいの。それに終わった後でみんなでご飯を食べるから、そこで話をして新しい友人を作るのもいいかと思っているの。ちょっと面白いなって」
ママは笑って言った。

「うん。分かった。ママがやりたいならそれでいいよ。水曜日ね?」
「そう。・・・それからさ。前にも言ったけれど、今年の夏休みには家族で石垣島に行こうね。4日間くらい。のんびりと海に潜って過ごすの。ママはすごく楽しみなの。だから都合の悪い日だけ後で教えてね。パパもママもそれで休暇を取るから」
私は言った。
「まだ3月じゃん。そんな先の予定なんか分からないよ。どうせ美術部は夏休みは休部だし、私の予定は塾に行くくらいだよ。パパとママの予定に合わせるから大丈夫」

「でも夏休みの石垣島なんて早く予約しなくちゃ無くなっちゃうから。じゃあパパと予定を合わせて早めに取るね」
ママはそう言った。
「うん」
「和巳は・・・」
「和巳なんかいつだっていいに決まっているじゃん。PCとネットさえあれば、いつだってどこだって構わないよ」
私は笑って言った。

「・・・小さい頃、四人でよく海に行ったよね。海に潜るのが好きで、磯で潜ったり、魚を追い掛けたり・・・楽しかったなあ。パパも泳ぎが上手くて・・・あなた達、泳ぎはパパに教えて貰ったよね。あの頃はすごく楽しかったなあ・・・・」
ママは思い出を懐かしむみたいに微笑んだ。
そしてちょっと視線を窓の外に向けた。
黙って空を見ている。
私はその顔を眺める。
ママは視線を私に戻すと言った。
「この前ね。パパに言われたの。その腹で水着を着るなんて恥ずかしいから、石垣島じゃなくて別な場所がいいんじゃないかって。俺が恥ずかしいとか言ったんだよ。それもマジ顔で。本当に失礼な男だよね。(笑)だからね。ちょっとママは痩せて女磨きをしようと思うの。ホットヨガに通うの。もう入会手続きをして来たんだよ。石垣島に行くまでにすっきりと痩せて素敵な水着を着てびっくりさせてやろうと思っている」
ママはいたずらっぽい顔をしてそう言った。
「ホットヨガ!凄い」
私は返した。
「熱中症で倒れないでね。・・・ママ。序にエステとかも行って綺麗になれば?沖縄でナンパされるかもよ?」
ママはびっくりした顔をした。そしてすぐに大笑いをした。
「馬鹿ね。そんな事になる訳無いじゃないの。子連れだしパパがいるんだから。それにママはパパ一筋だからね」
ママはそう言って私の胸を人差し指でちょんと押した。
「趣味悪!」
私は言った。
「ひどい!」

私達はそう言って笑った。
「これはパパには内緒だけれど、うんと贅沢な旅行にしようと思っているんだ」
ママはにやりと笑った。
「だって、パパのお金で行くんでしょう?」
「そう。でも、計画はママだから。・・・ねえ、梨乃。ママの宝物は家族なの。パパだってそうよ。あなた達が一番の宝物なのよ」
ママはそう言って微笑んだ。
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