第47話  亮介の場合  単純な人

文字数 1,135文字

俺は英子の姿を見送り、深いため息を付いた。
「・・・まだまだ交流は続くのか・・・」
「みんなと一泊旅行・・」

俺ははっと気が付いた。
「もしかしたら、英子はあの男と二人きりで行く積りなんじゃ無いか?」
俺の中にどす黒い雲がむくむくと湧き上がる。
「煙幕を張るためにみんなと行くなんて言ったのではないか?」
俺は考え込む。

もしかして、温泉旅行とか?
俺の脳裏に温泉の浴衣を着た二人の姿が浮かぶ。
窓際でお茶を飲む二人。
部屋には布団が敷いてあって。そこであの男と・・・。
俺はぶんぶんと頭を振る。
和巳が不思議そうに俺を見た。
じっと俺を見て、そしてスマホに視線を戻した。

いや。・・・考え過ぎだ。英子に限ってそんな事は無い。それにやけにあの男を褒めていたじゃ無いか。不倫をしようとする相手をあんなに誉める事は無い。隠そうとするのが一般的だ。そもそも隠しもせずにおおっぴらに誉める所で、それは違うな。

俺は尊君とやらの笑顔を思い出した。
若くて男前だったな。
何で彼女がいないの?
あんなイケメン、女どもが放って置くはずがないと思うのだが。
英子みたいな中年女に魅かれるなんて事は・・・・。

けれど英子を見る目が気になった。
あれは憧れの目だ。あの男は英子に憧れている。
それが恋愛に発展しないとは言えない。
昔の英子だったらそんな事、天地がひっくり返っても有る筈無いが、今の英子なら・・
あんないい女なら(言っちゃなんだが、自分の妻ではあるが)・・。年が上でも・・。
いやいや、上過ぎる。有り得ない。
俺とエリ以上に年が離れているだろう?
いや、・・・そんな事は無いか・・。カウンセラーになるには院に行かなくちゃならないし・・
俺は頭の中で彼の推定年齢を算出する。

英子だってあんな若い男に言い寄られたら、ぐらりと・・。
俺は慌てて否定する。
いや、英子が限ってそんな事は無い。
有る筈がない。英子はすごく真面目だから。俺と違って。そう思いながらも、そんなのは分からないじゃ無いか。と自分に言う。真面目な人間程、道を外れてしまったらそこにのめり込んでしまうと言うのは聞いた事がある。・・・今日の英子があんなに綺麗だったのは、もしかしたら・・彼に会うために・・?
そう思ったら俺の心がしくしく痛んだ。
胸が痛くて仕方が無かった。
そうなのか・・?そう言う事だったのか・・・?
俺の心は静かな音を立てて沈み込んだ。
沈み込んだ地の底でふうっと息を吐いた。

また和巳が俺を見た。
俺は悲しい目で和巳を見返した。
「パパ、どうかしたの?」
和巳は訝し気に言った。
俺は「いや、何でも無い・・」
そう言って目を伏せた。

・・・何で、あんな仲良さげなの?
お互いに名前呼びとかしちゃって。
俺という夫が有りながら・・。

正直に言うと俺は傷付いていた。たったあれだけの事なのに。

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