国家と共に(1)
文字数 1,573文字
営業回りで汗を流していたときに、由佳里から、今すぐ会いたいという電話があった。
お互いがいた場所からちょうど中間あたり、赤坂見附 で落ち合うことを約束し、俺は指定の喫茶店に向かった。
喫茶店に入ると、すでに由佳里は待っていた。俺を見つけて大げさに手を振り、甲高い声を上げる。
「やりましたよ先輩!」
「何があった?」
相対した席に滑り込みながら俺は訊いた。
「ACです、AC。日毬ちゃんをぶちこんじゃいますから! 部長の許可も得て、内々で決定済みです」
「ACか! 筋の良い案件を回してくれたな」
嬉々として由佳里は指を二本立てる。
「ギャラは二〇〇万。これで当座は凌 げますね。なかなかに優良な仕事じゃないですか!」
AC――公益社団法人ACジャパンは、蒼通で、俺と由佳里が所属していた事業部が扱っていた案件の一つである。ACは各種のメディアを通し、公共広告によって国民に広く啓蒙活動を行っている公益法人だ。会員から会費を募って制作され、その広告は、会員に名を連ねる各メディアによって無料で発信されていく。
公共団体の発注だけに、必ずしも蒼通だけが扱っている案件ではなく、他の広告代理店などと争って制作を受注できるかどうかが決まる。しかし一度企画を通して受注してしまえば、スタッフィングなどはある程度まで蒼通の裁量で押し通すことができるのだ。
「事業部からの、先輩への餞別 だそうです。逆に言えば、これ以上は期待するなということでしょうね。部長からの伝言ですが『あとは自力でやれ』だそうです」
「わかった。感謝してるって伝えてくれ」
「了解です」
やってきた店員にコーヒーを注文し、俺は由佳里に確認する。
「で、今回、受注したのはどんな内容だ?」
「自殺防止キャンペーンです。インパクトあるんで、出だしにはいいんじゃないでしょうか」
「ちょっとイメージきついが……悪くはないな」
俺は考えを巡らせ、うなずいた。
バッグから企画書を取り出した由佳里は、書類を広げて説明し始めた。
日毬はゆっくり歩きながら、台本通りのセリフを話すのがメインらしい。プラスして、涙を流すシーンを撮影。それにCGを重ね合わせ、ひとつのCMとして完成させるのである。
「良い案件ですが、このCMだけで日毬ちゃんをスターダムに押し上げるには、いささか力が足りないと思いますよ? ゴールデンタイムにガンガン流れるCMじゃないですし」
「わかってるよ。今どきCMの一本や二本こなしたって、それだけで知名度を獲得できるわけもない。だが、タレントとしての日毬にとって、かけがえのない実績にはなる」
「ここから先が難しいんですけどねー。どんどん繫げられればいいんですが」
由佳里は腕を組んで、背もたれに身を沈めた。
その通りだ。よほどの幸運に恵まれないと、CMに出たところでそれで終わりである。CM出演経験のある可愛い子というのは、タレント業界には意外と多いものだ。しかし、それで終わっている子の方が遥かに多い。バブルの頃の発想じゃないんだから、CM出演によってタレント生命が開花するわけでもない。CMが話題になったからといって、ごくごく狭い範囲でニュースになるだけだ。そこから口コミで勝手に広がっていくようなことなどありえない。こういう実績をたくさんこなしていって、着実に全国区に浸透していけるかどうかが重要だ。
「まぁ、ACに出演させてもらったという実績は、営業にも役に立ってくれるさ。こっからは部長の伝言通り、俺の努力次第ってことだろうな」
「私もいますしね。日毬ちゃんに合った企画があれば、隙をみてねじ込んじゃいますから」
それから俺と由佳里は制作内容やスケジューリングを打ち合わせし、お互い次の仕事へと向かった。
お互いがいた場所からちょうど中間あたり、
喫茶店に入ると、すでに由佳里は待っていた。俺を見つけて大げさに手を振り、甲高い声を上げる。
「やりましたよ先輩!」
「何があった?」
相対した席に滑り込みながら俺は訊いた。
「ACです、AC。日毬ちゃんをぶちこんじゃいますから! 部長の許可も得て、内々で決定済みです」
「ACか! 筋の良い案件を回してくれたな」
嬉々として由佳里は指を二本立てる。
「ギャラは二〇〇万。これで当座は
AC――公益社団法人ACジャパンは、蒼通で、俺と由佳里が所属していた事業部が扱っていた案件の一つである。ACは各種のメディアを通し、公共広告によって国民に広く啓蒙活動を行っている公益法人だ。会員から会費を募って制作され、その広告は、会員に名を連ねる各メディアによって無料で発信されていく。
公共団体の発注だけに、必ずしも蒼通だけが扱っている案件ではなく、他の広告代理店などと争って制作を受注できるかどうかが決まる。しかし一度企画を通して受注してしまえば、スタッフィングなどはある程度まで蒼通の裁量で押し通すことができるのだ。
「事業部からの、先輩への
「わかった。感謝してるって伝えてくれ」
「了解です」
やってきた店員にコーヒーを注文し、俺は由佳里に確認する。
「で、今回、受注したのはどんな内容だ?」
「自殺防止キャンペーンです。インパクトあるんで、出だしにはいいんじゃないでしょうか」
「ちょっとイメージきついが……悪くはないな」
俺は考えを巡らせ、うなずいた。
バッグから企画書を取り出した由佳里は、書類を広げて説明し始めた。
日毬はゆっくり歩きながら、台本通りのセリフを話すのがメインらしい。プラスして、涙を流すシーンを撮影。それにCGを重ね合わせ、ひとつのCMとして完成させるのである。
「良い案件ですが、このCMだけで日毬ちゃんをスターダムに押し上げるには、いささか力が足りないと思いますよ? ゴールデンタイムにガンガン流れるCMじゃないですし」
「わかってるよ。今どきCMの一本や二本こなしたって、それだけで知名度を獲得できるわけもない。だが、タレントとしての日毬にとって、かけがえのない実績にはなる」
「ここから先が難しいんですけどねー。どんどん繫げられればいいんですが」
由佳里は腕を組んで、背もたれに身を沈めた。
その通りだ。よほどの幸運に恵まれないと、CMに出たところでそれで終わりである。CM出演経験のある可愛い子というのは、タレント業界には意外と多いものだ。しかし、それで終わっている子の方が遥かに多い。バブルの頃の発想じゃないんだから、CM出演によってタレント生命が開花するわけでもない。CMが話題になったからといって、ごくごく狭い範囲でニュースになるだけだ。そこから口コミで勝手に広がっていくようなことなどありえない。こういう実績をたくさんこなしていって、着実に全国区に浸透していけるかどうかが重要だ。
「まぁ、ACに出演させてもらったという実績は、営業にも役に立ってくれるさ。こっからは部長の伝言通り、俺の努力次第ってことだろうな」
「私もいますしね。日毬ちゃんに合った企画があれば、隙をみてねじ込んじゃいますから」
それから俺と由佳里は制作内容やスケジューリングを打ち合わせし、お互い次の仕事へと向かった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)
(ログインが必要です)