右翼的な彼女(7)

文字数 1,133文字

 母親と姉への挨拶を済ませた俺と由佳里は、日毬の案内で道場を見学させてもらっていた。
 日毬は道場に足を踏み入れるとき、軍人のように背筋を伸ばして正面を見据えたかと思えば、深々と(こうべ)を垂れた。俺たちもそれに倣って足を踏み入れる。
 稽古に励んでいたのは四人。時間帯が平日の昼間だからだろう、老人ばかりだった。だが、力の()もった本格的な打ち合いは並の稽古ではない。
 道場の隅にはひっそりと、色あせた一枚の肖像画と、三枚の写真が並んでいた。明治天皇の軍服姿から始まる歴代天皇の御真影(ごしんえい)である。その横には人名が細々と羅列されていて、ザッと見たところ、かなり以前からの天皇名らしかった。
 由佳里が素直な感想を口にする。
「本格的だけど、意外とこぢんまりとした道場なのねー」
「昔はもっとずっと広かったんだ。古地図を見ると、うちの敷地は五倍以上あった。しかし道場を建て替える度に小さくなってきたらしい。相続税や固定資産税が払えないせいで、手放さざるをえなかったんだ。見ての通り、うちの稼ぎは少ない」
 日毬は淡々と言った。
 東京のこの立地と面積だと、相応の固定資産税になるだろう。年に数十万と言ったところか。道場経営では、捻出するのも一苦労に違いない。
「これ以上は土地を切り売れないところまで小さくなってしまった。もし可能であれば……私が少しでも母上や姉上のために稼いでこられればいいのだが……目先の金のためだけに働くなと、我が家の家訓にもある。まずは己の身を鍛え、目的に向けて刻苦勉励(こっくべんれい)することが大切だろう。目的に向かう途上で、生活に困らない程度のお金が後からついてきてくれればそれが理想だ。もっとも、理想通りにいかないのが世の中なのだがな……」
 世知辛い日毬の話だが、その通りすぎて反論の余地がない。俺と由佳里はすぐには言葉を思いつかなかった。
 由佳里が話を切り替える。
「そう言えば凪紗さんって、何歳なの?」
「姉上は一九歳だ。まだ若いが、剣士としても人としても一流だ。私も早く追いつかねばならない」
「一九歳……ずいぶん沈着で、しっかりしたお姉さんね」
「当然だ。剣の修練を積む者は皆、いかなる状況でも、己を制御する術を心得ている」
「ああいうお姉さんを持つと心強いわね」
「それはそうだが……私とてしっかりしているつもりだぞ。姉上に迷惑をかけるようなことはしない」
「うんうん。日毬ちゃんはびっくりするくらい真っ直ぐで律儀よね」
「私は正しくあろうとしているだけだ。さて、次は政治結社日本大志会の事務所に案内しよう。ついてきてくれ」
 それから俺たちは道場を去るときに再び一礼し、日毬の後をついていったのだった。
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登場人物紹介

神楽日毬(かぐらひまり)

日本の未来を憂う女子高生。雨の日も風の日も、たゆまぬ努力を重ねて政治活動に励んでいる。

織葉颯斗(おりばはやと)

日本最大の広告代理店、蒼通の社員。営業先に向かう途中、街頭演説の最中だった日毬と出会うことになる。

健城由佳里(けんじょうゆかり)

日本最大の広告代理店、蒼通の社員。新人として織葉颯斗の営業に研修のため同行していたとき、演説中だった日毬に出会う。

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