国家と共に(5)
文字数 2,075文字
グラビアだけでなく、堅実にファッション誌でのモデルの仕事も広がりつつあった。カジュアル系雑誌が中心で、大した仕事ではないけれど、多くの編集部から仕事が入るのは重要なことだ。
仕事がある日は、日毬は高校が終わるとすぐに現場に駆けつける。仕事の時間帯によっては、高校を早引きしてやってくるようになった。
一方、日毬の仕事がない平日のスケジュールはこうだ。一六時まで高校、そこから一八時半までタレント養成所、その後に事務所に顔を出して一時間ほど過ごし、家に帰るというパターンである。もうすぐ養成所は辞めてもらい、細々とした売り込みに協力してもらうつもりだった。タレント養成所があると剣道の稽古に取れる時間が少なくなるそうで、日毬には不評だった。辞めていいと言えば日毬は喜ぶだろう。
休日のスケジュールは、仕事があるときだけ事務所にやってくる。何もなければお休みとなり、日毬は養護施設でボランティアをして過ごすことになる。
俺と由佳里の説得が利いたのか、日毬のなかでは「政治活動=アイドル活動」となっているようで、街頭演説をすることはなくなっていた。そのため拡さんの出動はめっきり途絶えているようだ。タレント活動の最中に政治を語られると困るから、ひとまず安堵していた。
事務所に出勤してきた日毬を前にして、俺は言う。
「CMのおかげで、多少は日毬にも注目が集まるようになってきた。ほら、アイドル雑誌にもACのCMが取り上げられてるぞ」
俺は雑誌をテーブルの上に置いた。
日毬は興味津々で覗き込む。
「私だ……」
「そうだ。日毬の特集だ。小さな記事だが、こういうことが今後増えていくということさ」
アイドル雑誌の片隅に、「ACの広告に登場している子は誰?」というタイトルで二分の一ページの記事が出ていたのである。
これは大して注目すべきことではない。効果もゼロに近いだろう。この雑誌はいわゆる地下アイドルの特集雑誌で、公称発行部数一〇万部だが、実質的な発行部数は四〇〇〇〜六〇〇〇といった程度のものだ。
ただ、日毬が雑誌記事に載ったケースとしては初めてで、記念すべきものであった。このように、どのメディアがどのくらいの量の記事を書いてくれるかが、日毬が今どのレベルにあるかの客観的な判断基準にもなる。テレビのキー局や全国紙で毎週のように日毬の記事が出るようになれば、アイドルとしてはそこが一つの到達点であろう。
「すごい……。私は一年もずっと街頭演説をして何の成果も上げられなかったのに……颯斗や由佳里が言っていた通りだ……。やっと私の政治活動が認められる時が来たのかもしれない……」
ほんの小さな一歩だが、日毬には初体験のことであり、感動もひとしおだろう。
「こうして形となって現れてくれば、なんとなくわかってくるだろう? だがこんなものじゃないぞ。日毬はもっともっと活動を積み重ね、上を目指すんだ」
「わかっている。私は日本に新しい政権を打ち立てねばならない。そのためになら、私は命を懸けると誓ったのだ」
「そこでだ、これから色んな売り出し方を考えているんだけど、まずはCMで日毬に興味を持ってくれた人のためにも、ブログを始めようと思うんだ。日毬の名前で検索したら、ブログに飛んで、どんなアイドルなのかを知ってもらえるようになる」
「政治結社日本大志会でも、組織を紹介するページを開設している。だがいずれはブログを始めて、日々の活動状況を告知していこうかと思案していたところだ。ぜひ始めるべきだと思う」
日本大志会のページは、最初に渡された日毬の名刺にURLが掲載されていたので、確認したことがある。墨 で大書されたような太文字が並び、内容が愛国心に満ちすぎていて、いかにも危険な団体としか思えないものだった。あのページを見ても、日毬のような人並み外れた美少女が運営しているものだと想像できる人は、世界にただの一人もいまい。
「なら話は早いな。さっそく今すぐブログを準備するから、今日から毎日、事務所から帰宅する前に日記を付けていってもらえるか? 大したニュースはないと思うけど、その日に食べたものとか、学校であった面白い出来事とか……なんでもいいんだ」
「任せて欲しい。私はやり遂げるだろう」
日毬は決意に満ちた様子で、大きくうなずいた。
「当初はアクセスはほとんどないけど、数字を見て悲嘆するなよ。一日に一〇〇にも届かないはずだ。それでも、たとえ数名でも数十名でも、日毬の活動の幅を広げていくことは大切なことだからな」
話は決まったので、まずは無料で使用できるブログに、さっそく『ひまりのお部屋』を開設したのだった。日毬の知名度が増してくれば、いずれ有料のブログに切り替えるつもりである。
ソファで芸能関係の書籍を読み込んでいた日毬にブログ開設が終わったことを告げると、日毬は待ってましたとばかりにノートパソコンを立ち上げた。そして俺が指定したブログに嬉々として日記を付け、意気揚々と家に引き上げていったのだった。
仕事がある日は、日毬は高校が終わるとすぐに現場に駆けつける。仕事の時間帯によっては、高校を早引きしてやってくるようになった。
一方、日毬の仕事がない平日のスケジュールはこうだ。一六時まで高校、そこから一八時半までタレント養成所、その後に事務所に顔を出して一時間ほど過ごし、家に帰るというパターンである。もうすぐ養成所は辞めてもらい、細々とした売り込みに協力してもらうつもりだった。タレント養成所があると剣道の稽古に取れる時間が少なくなるそうで、日毬には不評だった。辞めていいと言えば日毬は喜ぶだろう。
休日のスケジュールは、仕事があるときだけ事務所にやってくる。何もなければお休みとなり、日毬は養護施設でボランティアをして過ごすことになる。
俺と由佳里の説得が利いたのか、日毬のなかでは「政治活動=アイドル活動」となっているようで、街頭演説をすることはなくなっていた。そのため拡さんの出動はめっきり途絶えているようだ。タレント活動の最中に政治を語られると困るから、ひとまず安堵していた。
事務所に出勤してきた日毬を前にして、俺は言う。
「CMのおかげで、多少は日毬にも注目が集まるようになってきた。ほら、アイドル雑誌にもACのCMが取り上げられてるぞ」
俺は雑誌をテーブルの上に置いた。
日毬は興味津々で覗き込む。
「私だ……」
「そうだ。日毬の特集だ。小さな記事だが、こういうことが今後増えていくということさ」
アイドル雑誌の片隅に、「ACの広告に登場している子は誰?」というタイトルで二分の一ページの記事が出ていたのである。
これは大して注目すべきことではない。効果もゼロに近いだろう。この雑誌はいわゆる地下アイドルの特集雑誌で、公称発行部数一〇万部だが、実質的な発行部数は四〇〇〇〜六〇〇〇といった程度のものだ。
ただ、日毬が雑誌記事に載ったケースとしては初めてで、記念すべきものであった。このように、どのメディアがどのくらいの量の記事を書いてくれるかが、日毬が今どのレベルにあるかの客観的な判断基準にもなる。テレビのキー局や全国紙で毎週のように日毬の記事が出るようになれば、アイドルとしてはそこが一つの到達点であろう。
「すごい……。私は一年もずっと街頭演説をして何の成果も上げられなかったのに……颯斗や由佳里が言っていた通りだ……。やっと私の政治活動が認められる時が来たのかもしれない……」
ほんの小さな一歩だが、日毬には初体験のことであり、感動もひとしおだろう。
「こうして形となって現れてくれば、なんとなくわかってくるだろう? だがこんなものじゃないぞ。日毬はもっともっと活動を積み重ね、上を目指すんだ」
「わかっている。私は日本に新しい政権を打ち立てねばならない。そのためになら、私は命を懸けると誓ったのだ」
「そこでだ、これから色んな売り出し方を考えているんだけど、まずはCMで日毬に興味を持ってくれた人のためにも、ブログを始めようと思うんだ。日毬の名前で検索したら、ブログに飛んで、どんなアイドルなのかを知ってもらえるようになる」
「政治結社日本大志会でも、組織を紹介するページを開設している。だがいずれはブログを始めて、日々の活動状況を告知していこうかと思案していたところだ。ぜひ始めるべきだと思う」
日本大志会のページは、最初に渡された日毬の名刺にURLが掲載されていたので、確認したことがある。
「なら話は早いな。さっそく今すぐブログを準備するから、今日から毎日、事務所から帰宅する前に日記を付けていってもらえるか? 大したニュースはないと思うけど、その日に食べたものとか、学校であった面白い出来事とか……なんでもいいんだ」
「任せて欲しい。私はやり遂げるだろう」
日毬は決意に満ちた様子で、大きくうなずいた。
「当初はアクセスはほとんどないけど、数字を見て悲嘆するなよ。一日に一〇〇にも届かないはずだ。それでも、たとえ数名でも数十名でも、日毬の活動の幅を広げていくことは大切なことだからな」
話は決まったので、まずは無料で使用できるブログに、さっそく『ひまりのお部屋』を開設したのだった。日毬の知名度が増してくれば、いずれ有料のブログに切り替えるつもりである。
ソファで芸能関係の書籍を読み込んでいた日毬にブログ開設が終わったことを告げると、日毬は待ってましたとばかりにノートパソコンを立ち上げた。そして俺が指定したブログに嬉々として日記を付け、意気揚々と家に引き上げていったのだった。
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