国家と共に(3)

文字数 2,390文字

 着々と、日毬がこなした仕事が表に出始めていた。
 最初の仕事となった防衛省の広報VTRは全国の図書館や役所などに配布された他、防衛省の広報サイトへも動画としてアップされた。
 アクセス数は多くないらしい。しかし幾つかの新聞が、防衛省の新しい試みとして記事に取り上げていた。
 また、雑誌『エイティーン』のモデルの仕事は安定して受託することができるようになり、一週間に一度のペースで撮影に参加していた。すでに雑誌にはモデルとして日毬が登場している。もっとも、多数のモデルのなかの一人だから、いくら美貌が秀でていようとあまり目立たない。まだ大きく掲載されるほど日毬に良い役目は回ってきていないからだ。
 そして最初のグラビアの仕事だった漫画誌では、掲載された一九人のアイドルの人気投票が行われたらしく、日毬は三位にランクインしていた。良くもなく悪くもなく。それに投票が何か意味のあるものでもなかったから、それほど注目すべきことでもない。すでに多数のグラビアに出演してファンを抱えるアイドルばかりのなかで、新参の日毬が三位なのは上々のスタートだ。掲載されているグラビアアイドルのなかでは、日毬が最も美貌に秀でていることは間違いないので、カメラの前での自信と慣れが身についてくれば、いずれ自ずと一位になれるだろう。
 しかしこの漫画誌に登場したおかげで、グラビアアイドルとして幾つかの漫画誌やアイドル誌の編集部とも話しやすくなり、今後は日毬がグラビアに登場する機会は増えていきそうだった。実際、複数の編集部からすでに掲載の打診があり、定期的に日毬のグラビアをどこかの雑誌に掲載していくことができそうである。メジャー誌からの依頼もあったし、巻頭を飾る仕事の発注もあったし、まずまずの反響だ。
 そして最大の広告効果が見込めるACのCMは、夕方と深夜帯を中心にして全国ネットで放映され始めた。これは日毬の知名度をある程度は押し上げてくれるだろう。もっともこれ一本だけなら、効果はタカが知れているのだが。そもそも、あまり派手なCMではないし、日毬はただ歩いて話しているだけだ。一部では、ACに登場している子が可愛いと評判になったが、だから何だというわけでもない。このCMによるアイドルとしての知名度よりも、実績を元にして俺が営業をしやすくなる効果の方が大きいかもしれない。

 一方、ひまりプロダクションの会社としての売上らしい売上は、防衛省の仕事で得た五万円と、ACのギャラで得た二〇〇万円のみである。あとは自腹か、交通費を支給された程度のもので、走り回っている割にはまったく稼げていなかった。
 日毬は売り出し最中だから、こればかりは仕方ないことである。定期的に受注が見込めそうなグラビアも、ほとんど無償で協力していかなくてはならないだろう。仕事として見れば丸損であるが、こうした活動をコツコツとこなし、ステップアップしていくのが芸能界というものだ。

 比較的順当に活動しているようにも見えるが、本当に日毬をスターダムに押し上げるなら、最低でも毎月この一〇倍のメディア露出は必要不可欠なことだった。いや、そのレベルに達してからが、本当のスタートだ。まだまだ二流にすら達していないのである。
 力のある大手プロダクションなら、ACのCMへの出演をテコとして、強引にドラマの準主役や敵役クラスの仕事をぶんどり、徐々にタレントをランクアップさせて、稼ぎ頭に変えようと努力していくわけだ。もちろんそんな大手プロが本気で取り組んですら、本当に稼ぎ頭にまで成長するのは、数パーセントがいいところであろう。
 そして日毬の場合、もともと女優を志していたわけではないため、ドラマや映画の方へ進むべきかどうか悩ましいところだった。ACの演技を見れば、そちらの方でも活動できなくはないだろうが、決してお手軽な仕事でもない。CMやグラビアのように数日以内で撮影できるものならともかく、ドラマとなると長時間の活動を要することになる。主役ならまだしも、今の立場だとせいぜいチョイ役だ。日毬の適性に合わないのに無理に進ませれば、誰にとっても良くない結果になるに違いなかった。
 ある程度は自由が利き、活動時間も少ない方法としては、やはり積極的にグラビアに露出していくのが良さそうだった。まず間違いなく、日毬なら着実にファン層を拡大していける。大量の雑誌に、毎月途切れずに露出を継続していくことが条件だったが、高校に通いながらの日毬でもやりやすい仕事ではあった。
 そこから写真集に繫げたりしつつ、レコード会社と契約してCDを発売したりと、幅広い展開を視野に入れていける。
 ただ、それも地道だ。ガツンとテレビに露出するのと比べれば、雑誌やネットが中心の活動になるから、どうしてもファン層が頭打ちになるからだった。

 まぁとにかく、決して悪い状態ではないことも確かである。今ここは分岐点なのだ。
 日毬を一歩上に押し出すためにどういう活動が必要か、俺も悩みに悩むところだった。
 今のところ日毬には、会社がレッスン料を負担し、高校が終わってから養成所に通ってもらっている。しかし、すでにタレント活動をしている日毬には、素人の生徒らと共にあまり深く学ぶこともない。何も知らなかった日毬が、業界の心得とか基礎知識さえ雰囲気として摑めれば十分だ。それ以上は期待していない。三週間ほど通ってもらって、あとは辞めてもらう予定だった。
 ひとまず今すぐにできることとしては、日毬のブログを開設するのもいい。ファンを増やすことには役立たないが、ACのCMを見て日毬を気になってくれた人を繫ぎ止めておくには必要なことだ。こうした活動を通して地道に積み上げていきながら、日々の営業を継続しつつ、日毬と適性を話し合っていこうと思った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

神楽日毬(かぐらひまり)

日本の未来を憂う女子高生。雨の日も風の日も、たゆまぬ努力を重ねて政治活動に励んでいる。

織葉颯斗(おりばはやと)

日本最大の広告代理店、蒼通の社員。営業先に向かう途中、街頭演説の最中だった日毬と出会うことになる。

健城由佳里(けんじょうゆかり)

日本最大の広告代理店、蒼通の社員。新人として織葉颯斗の営業に研修のため同行していたとき、演説中だった日毬に出会う。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み