国家と共に(13)

文字数 3,338文字

 東洋テレビと明日のアポイントを取り付け、内心で俺はガッツポーズした。飛び上がりそうなほど嬉しい。
 俺は目の前の喫茶店に入り、コーヒーを注文して席に着くと、今度は由佳里から電話があった。
「先輩! 東洋テレビから電話、ありました?」
「どうして知ってるんだ?」
「うちに電話があったんですよ。なぜか日毬ちゃんを必死になって探してたみたいで、所属プロダクションはどこだって色んなところに連絡していたみたいです。そのうち蒼通まで連絡が入って、うちの部署までたらい回しされてきたってわけです。きっとどこかで、蒼通を辞めたばかりの先輩が創業した会社だって聞き付けたんじゃないでしょうか。先輩の連絡先を教えておきましたが、良かったですよね?」
「そういうことか。サンキューな。でもさ、どうしてそんなに必死になってんだろうな?」
「さあ……。私も今しがた電話を受けたばかりで、確認まではしなかったですが……」
 それから由佳里と二言三言、他愛ない会話を交わして携帯を切った。
 営業の合間にメールを確認しておこうと、俺はノートパソコンを立ち上げた。時間はまだまだある。
 メールソフトを開くと、どういうわけかメールが殺到していた。ひとつひとつ確認していくと……そのほとんどが取材依頼であった。テレビ局はもちろん、新聞、雑誌社、大手ネットニュースまで……。
――なんだこれは……。
 俺は生唾(なまつば)を吞み込んだ。
 明らかに異常事態である……。何があったのだろうか。
 ひまりプロダクションでは所属タレントも一人だし、大して告知するようなこともないので、まだ会社案内ページは簡単なものしか用意していない。代わりに、ブログ『ひまりのお部屋』には問い合わせフォームを設置してあり、取材や仕事やファンからのメッセージなどが、俺のメールアドレスまで届くようになっていた。
 毒気を抜かれた思いでメールを漫然と眺めていると、再び由佳里から携帯に着信があった。
「せせ、先輩! 日毬ちゃんが、Yahoo!のトップニュースになってますよ!」
「はあ? なぜ?」
 俺の声は上ずった。
「日毬ちゃんの話題、すごいことになってます! ネット、見る環境にあります?」
「ちょうど今ノートパソコンを立ち上げてるところだ。急いで確認してみる」
「大変ですよこれは!」
 由佳里は興奮しているようだった。
 携帯を切り、俺はノートパソコンに向かい合う。
 Yahoo!を開くと、上部のトピックスに、すぐにそれらしきタイトルを発見した。


極右団体主催の政治系アイドル、誕生?


――まさか……。
 震える指で、俺はタイトルをクリックした。
 それは、間違いなく日毬のニュースだった。
 過去の雑誌で掲載されたことのある日毬のグラビア写真が並び、それと共に記事が配信されていた。記事の提供元は、大手週刊紙が運営するネットニュースサイトである。


ネットで今、あるグラビアアイドルが話題騒然となっている。
抜群の美貌とスタイルを持つ一六歳、神楽日毬ちゃんだ。
一目でも写真を見ると、誰もがその美しさに驚倒(きょうとう)し、魅了されるに違いない。ACの自殺防止キャンペーンにも登場し、幾つかの雑誌で巻頭グラビアを飾り、以前から一部のアイドルファンの間では、彼女の美貌は語り草になっていた。
だが、人並み外れた愛らしい外見に惑わされてはいけない。なんと彼女は、極右団体の主催者でもあるのだ。

昨日の夜間、ネット上のタレント音声配信サイトに彼女の音声が続々とアップされてから、その美声はたちまちネット上を席巻した。ツイッターや各種の掲示板によって拡散し始めた彼女の主張は、今や多くのネット民の関心の的だ。その内容は凄まじい。

「この国難に立ち向かうためには、一時的に民主主義を捨てる勇気を持つことが必要だ。有権者諸君、今こそ我々の手に日本を取り戻す時がきた!」
「私が総帥を務める政治結社日本大志会は、日本の頂点に立つ意志がある。今こそ政治は変革されなくてはならない。自友党にも民政党にもノーを突き付けよ!」
「教育こそ国の根幹だ。左翼に汚染された教師どもを、一人残らず教職から追放せよ! 噓と欺瞞(ぎまん)工作を平然と垂れ流す左翼どもは敵だ! コミンテルンの鉄砲玉を排撃せよ!」
「私は日本国家のためならば命も捨てる覚悟である。私は誓う、この身をすべての日本国民のために捧げることを」
「日本は八百万(やおよろず)の神の国である。二〇〇〇年間にわたり我々が育んできた美しき文化と伝統は、命懸けで守り通さねばならない」

だが彼女の音声は、こうした激しい文句ばかりではない。
普通の女の子らしい心が温かくなるような音声まで、たくさん混じっているのだ。このギャップの過激さが、多くの人の興味をかき立てたようである。

「こんにちは! 今日も私は一生懸命頑張ります! いま事務所で芸能界について勉強しているところです!」
「ごちそうさま。お食事のあとには必ずつけようね。感謝の気持ちは大切です」
「神楽日毬は本名なんです。父上と母上が熱心に考えてつけてくれました。私はとても気に入っています」
「おはよう、もう朝なんだからね」
「毎日、姉上と一時間、おうちで剣道の練習をしています。姉上はとても強くて、なかなか勝てません」
「テレビやネットばっかり見てないで勉強しなさい。お遊びはその後ね」

最初に話題が拡散したときは、彼女が意図してキャラを作っているという評価が主流だった。しかしその後、彼女が主催する右翼団体のページが発見され、どうやらこれは噓偽りない本当の彼女の姿であると考えられるようになっていった。
筆者が総務省に問い合わせたところ、たしかに日本大志会という政治団体は存在したし、彼女が代表者であることも間違いないようだ。設立は一年前で、決して作りっぱなしではなく、きちんと収支報告もなされていた。

また、ブログやツイッターでは、「彼女が街頭演説していたのを実際に見たことがある」という具体的な報告も相次いでいる。目撃されたとされる場所はいずれも、市ヶ谷駅、曙橋駅、牛込柳町駅、若松河田駅などの周辺と、特定地域に(かたよ)っており、信憑性が高そうな情報であると考えられる。
彼女が主催する政治団体は危険な極右系として警察にもマークされているという噂すらあり、かなりの猛者であるようだ。
我々は世界初の、「政治系アイドル」が誕生する瞬間を目撃しているのかもしれない。

ひまりのお部屋    http://himari-production.jp/himariblog/
ひまりプロダクション http://himari-production.jp
日本大志会      http://nihon-taishikai.jp

(記事提供/週刊ウェンズネットニュース)


 ネットを見渡せば、日毬の話題一色に染まっていた。
 日毬を絶賛する掲示板もあれば、クレイジーとして瞠目(どうもく)する有名ブログもあったし、激しい批判を巻き起こしている言論系サイトもある。そしてどこのネットニュースサイトでも、トップ級で扱われているようだ。
 ここで終わればネット上の有名人というだけで終わるのだが……東洋テレビからの連絡や、メールで大手メディアからの取材申込が殺到している現状を見ると、この話題がメジャーに拡散してしまうのは早そうだった。
 再び携帯が鳴った。知らない番号だ。
 おそるおそる俺は携帯を取り上げる。
「すみません、こちら、ひまりプロダクションの織葉社長の携帯ですか?」
「そうですが……」
 自分の声が震えていることを知覚した。
「急にお電話して申し訳ない。テレビ日本の杉村ともうします。『報道ニュース18』の担当をしています。平日の一八時から毎日放送しているニュース番組でして、一八時三五分から五分間、『話題の人』というコーナーを設けています。そこでぜひとも明日のコーナーでは、神楽日毬さんを扱いたいと思っているところです。早速ですが神楽さんにコメントを頂くことはできませんでしょうか?」
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登場人物紹介

神楽日毬(かぐらひまり)

日本の未来を憂う女子高生。雨の日も風の日も、たゆまぬ努力を重ねて政治活動に励んでいる。

織葉颯斗(おりばはやと)

日本最大の広告代理店、蒼通の社員。営業先に向かう途中、街頭演説の最中だった日毬と出会うことになる。

健城由佳里(けんじょうゆかり)

日本最大の広告代理店、蒼通の社員。新人として織葉颯斗の営業に研修のため同行していたとき、演説中だった日毬に出会う。

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