ひまりプロダクション(11)

文字数 898文字

 日毬と約束したデートの日がやってきた。
 一一時、東京駅を出てすぐの東京中央郵便局前で待ち合わせだった。新宿だと事務所や日毬の家から近所すぎるし、かといって渋谷は混雑が激しいので、日毬があまり足を伸ばしたことがないという丸の内を選んでいた。ここなら人混みはないし、大人向けの、一流の店が揃っている。値段は張るが、今日に限っては奮発するつもりだった。
 駅を出たら携帯で連絡を取り合うことになっていたが、一〇時四〇分に着いて地下通路から出ると、すでに日毬は待っていた。
 駆け足で日毬の許に向かい、俺は声をかける。
「おはよう。早かったな」
 俺を目に留めると、日毬はハッとしたようで、急に頰を染めてうつむいた。
「可愛いじゃないか、その格好。見違えたよ」
 日毬はいつも、事務所には制服でやってきていた。あとはせいぜい撮影時にジーパンと水着姿を見ただけで、カジュアルな普段着は今日が初めてだったのである。
「由佳里が……これがいいって言うから……。こういう服をちゃんと着たのは、今日が初めてなんだ……」
「ばっちりだ。似合ってるぞ」
 俺は今日、普通の子が普通にすることを楽しんでもらう機会が持てれば、タレント活動の幅も広がるはずだと思って日毬を誘ったのだ。これも日毬と俺のため、仕事の延長線上としてのことである。それなのに、日毬の姿を見ると、さすがに男として(はや)る気持ちを抑えきれないものがあった。さすがに一六歳の、武家のような潔白な家の子に手を出すわけにはいかないが、ここまで可愛らしい子とデートする機会など普通はない。
「今日うちを出るとき、姉上も、似合ってるって言ってくれたんだ。颯斗もそう言ってくれるかどうか不安だったから、すごく嬉しい……」
 日毬の言葉はいつも率直だ。
「さあ、行こうか」
 俺が日毬の手を取ると、日毬の頰はいっそう赤く染まり、肩は強ばった。考えてみれば、日毬は手を繫ぐことすら慣れていないのだ。
「手、繫ぐの嫌か?」
 日毬はフルフルと首を振り、俺の手をギュッと握り返してきた。
 俺たちは並んで歩きだす。緊張しているのだろうか、日毬は妙にぎこちなかった。
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登場人物紹介

神楽日毬(かぐらひまり)

日本の未来を憂う女子高生。雨の日も風の日も、たゆまぬ努力を重ねて政治活動に励んでいる。

織葉颯斗(おりばはやと)

日本最大の広告代理店、蒼通の社員。営業先に向かう途中、街頭演説の最中だった日毬と出会うことになる。

健城由佳里(けんじょうゆかり)

日本最大の広告代理店、蒼通の社員。新人として織葉颯斗の営業に研修のため同行していたとき、演説中だった日毬に出会う。

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