国家と共に(2)
文字数 1,820文字
撮影スタジオにて、AC用の撮影が行われていた。
日毬はゆったりしたペースで歩きながら、カメラを向いて切々と語る。
「あなたを待っている人がいます。あなたを大切に想う人がいます。一人で思い悩まないで」
そこで日毬は立ち止まってカメラを見やる。指示通りの動きだ。
「人生はリスタートできる。あなたの苦しみは、伝えることできっと軽減します。お電話下さい。私たちは待っています」
真剣な表情のまま、日毬はカメラを見据えていた。
監督が声を上げる。
「はいカット! いいね、感情が籠 もってるよ! 涙を流すシーンの撮影も一気にいっちゃおうか。三分後に撮影入るよ。準備して」
日毬には初の、本格的なスタジオでの収録だった。
スタジオの隅で見守っていた俺と由佳里の許に、日毬が戻ってきた。俺たちは声をかける。
「おつかれ。良い演技だったぞ」
「良かったわよ、日毬ちゃん。いつの間に演技を勉強していたの?」
もちろん俺は日毬のマネージャーとして、由佳里は蒼通の担当者としての参加だ。
俺たちを不思議そうに見やった日毬は口にする。
「演技などではないぞ? 演技を勉強したこともない。私は真剣に言ったのだ」
なるほど、演説の延長のような気持ちだったのだろう。日毬の場合、演説内容は行きすぎではあるが、心が籠もっていることは確かだ。
日毬は感心したように続ける。
「これは素晴らしい仕事だ。これこそがまさに、私が望んだ政治活動そのものと言える」
「次はカメラの前で泣くシーンの撮影よ? それは大丈夫?」
心配げに由佳里が訊いた。
この次は、日毬の顔をアップして、涙を流している表情だけを撮影するのだった。CMの最後に、そのシーンをCGで合成しつつ挿入するそうだ。
「泣けと言われて泣いたことがないから、いささか難題だな……。あくびでもしてからカメラを向こうかと思っているが……」
「目薬でも使う? でも、何度も撮るから、あまり目薬さしすぎると目に負担があるかもね。できれば、日毬ちゃんが自発的に泣いてくれるのが一番いいんだけど……」
「悲しいことを考えるんだ。泣くシーンで、女優がよく言うのは、昔飼っていた愛犬が死んだ場面なんかを思い起こしたりするそうだ。うまく泣けるらしいが……日毬はすぐに涙を流せるような悲しいこと、あるか?」
「なるほど……悲しいことを想像すればいいのだな? それなら私は、いつでも涙することができる」
日毬は何度も、一人納得したようにうなずいた。
次の撮影の準備ができたのだろう、監督が呼び掛けてくる。
「神楽さん、準備いいかな?」
「うむ」
日毬はうなずき返し、そして俺と由佳里を振り向き、これから戦いに臨む武士のように口にする。
「では、行ってくる」
スタジオの隅で見守る俺たちは不安だった。日毬は演技ができるような子ではないから、そんなに簡単に泣くことができるとは思わなかったからだ。
だが、不安は杞憂 だった。日毬は、実に見事に涙した。
何度も何度も、同じシーンを撮影したが、その度ごとに、日毬はきっちりと涙をみせた。はらはらと流れ落ちる涙は、噓偽りのない、日毬の本物の悲しみのように見えた。
傍で見守る俺や由佳里や他のスタッフたちは、日毬を呆然と見守った。皆が心を動かされたほど、日毬が流す涙は本物に思えた。
「文句なし! お見事! 上出来だ!」
幾度もの撮影を終え、監督が言った。
再び戻ってきた日毬に、由佳里がタオルを渡しながら言う。
「よかったよ、日毬ちゃん!」
「すごいじゃないか。どうやって泣いたんだ?」
俺は訊いてみた。
日毬は目尻をタオルでふきながら、切々と語る。
「日本国家の未来を憂い、私は泣いた。一億三〇〇〇万の同胞たちの苦難に想いを馳せ、私は泣かずにはいられなかったのだ。私は……やはり私がやらなくてはならない……」
そして日毬は顔を歪め、再び目に涙を溜めた。
身体を震わせながら日毬は続ける。
「考えれば考えるほど身につまされ、一刻も早く日本大志会が政権を奪取せねばならないのだと、私は決意を新たにしたぞ……。日本国民諸君、どうか、どうか耐え忍び、私が政権を取る日を待っていて欲しい……」
そして日毬は両手で顔を覆い、切々と泣き始めてしまった。
「……」
「……」
俺と由佳里はどう応えるべきかわからず、困惑して顔を見合わせたのだった。
日毬はゆったりしたペースで歩きながら、カメラを向いて切々と語る。
「あなたを待っている人がいます。あなたを大切に想う人がいます。一人で思い悩まないで」
そこで日毬は立ち止まってカメラを見やる。指示通りの動きだ。
「人生はリスタートできる。あなたの苦しみは、伝えることできっと軽減します。お電話下さい。私たちは待っています」
真剣な表情のまま、日毬はカメラを見据えていた。
監督が声を上げる。
「はいカット! いいね、感情が
日毬には初の、本格的なスタジオでの収録だった。
スタジオの隅で見守っていた俺と由佳里の許に、日毬が戻ってきた。俺たちは声をかける。
「おつかれ。良い演技だったぞ」
「良かったわよ、日毬ちゃん。いつの間に演技を勉強していたの?」
もちろん俺は日毬のマネージャーとして、由佳里は蒼通の担当者としての参加だ。
俺たちを不思議そうに見やった日毬は口にする。
「演技などではないぞ? 演技を勉強したこともない。私は真剣に言ったのだ」
なるほど、演説の延長のような気持ちだったのだろう。日毬の場合、演説内容は行きすぎではあるが、心が籠もっていることは確かだ。
日毬は感心したように続ける。
「これは素晴らしい仕事だ。これこそがまさに、私が望んだ政治活動そのものと言える」
「次はカメラの前で泣くシーンの撮影よ? それは大丈夫?」
心配げに由佳里が訊いた。
この次は、日毬の顔をアップして、涙を流している表情だけを撮影するのだった。CMの最後に、そのシーンをCGで合成しつつ挿入するそうだ。
「泣けと言われて泣いたことがないから、いささか難題だな……。あくびでもしてからカメラを向こうかと思っているが……」
「目薬でも使う? でも、何度も撮るから、あまり目薬さしすぎると目に負担があるかもね。できれば、日毬ちゃんが自発的に泣いてくれるのが一番いいんだけど……」
「悲しいことを考えるんだ。泣くシーンで、女優がよく言うのは、昔飼っていた愛犬が死んだ場面なんかを思い起こしたりするそうだ。うまく泣けるらしいが……日毬はすぐに涙を流せるような悲しいこと、あるか?」
「なるほど……悲しいことを想像すればいいのだな? それなら私は、いつでも涙することができる」
日毬は何度も、一人納得したようにうなずいた。
次の撮影の準備ができたのだろう、監督が呼び掛けてくる。
「神楽さん、準備いいかな?」
「うむ」
日毬はうなずき返し、そして俺と由佳里を振り向き、これから戦いに臨む武士のように口にする。
「では、行ってくる」
スタジオの隅で見守る俺たちは不安だった。日毬は演技ができるような子ではないから、そんなに簡単に泣くことができるとは思わなかったからだ。
だが、不安は
何度も何度も、同じシーンを撮影したが、その度ごとに、日毬はきっちりと涙をみせた。はらはらと流れ落ちる涙は、噓偽りのない、日毬の本物の悲しみのように見えた。
傍で見守る俺や由佳里や他のスタッフたちは、日毬を呆然と見守った。皆が心を動かされたほど、日毬が流す涙は本物に思えた。
「文句なし! お見事! 上出来だ!」
幾度もの撮影を終え、監督が言った。
再び戻ってきた日毬に、由佳里がタオルを渡しながら言う。
「よかったよ、日毬ちゃん!」
「すごいじゃないか。どうやって泣いたんだ?」
俺は訊いてみた。
日毬は目尻をタオルでふきながら、切々と語る。
「日本国家の未来を憂い、私は泣いた。一億三〇〇〇万の同胞たちの苦難に想いを馳せ、私は泣かずにはいられなかったのだ。私は……やはり私がやらなくてはならない……」
そして日毬は顔を歪め、再び目に涙を溜めた。
身体を震わせながら日毬は続ける。
「考えれば考えるほど身につまされ、一刻も早く日本大志会が政権を奪取せねばならないのだと、私は決意を新たにしたぞ……。日本国民諸君、どうか、どうか耐え忍び、私が政権を取る日を待っていて欲しい……」
そして日毬は両手で顔を覆い、切々と泣き始めてしまった。
「……」
「……」
俺と由佳里はどう応えるべきかわからず、困惑して顔を見合わせたのだった。
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