アステッドプロ(12)

文字数 1,239文字

 テレビ局・大手新聞から引きも切らずに入ってきていた取材申込が、ぱったり止まってしまった。
 日毬の話題が沈静化したからだと捉えることもできるが、その可能性は低い。なぜなら、週刊誌やネット系ニュースなどでは今まで通りに騒がれていたし、むしろ取材の数は増えていたからだ。この偏りは、明らかに不自然だった。
 大手メディア……とくにテレビからの取材が途切れたことは、タレントとして非常に悪い傾向だ。芸能人は、活動する舞台をテレビに移していくことが大目標のひとつなのに、肝心のテレビに総スカンを喰らうというのは致命傷になる。
 テレビへのアプローチを強めようと今後の戦略を練り直していたところ――。
 定期的に依頼があったモデル雑誌から、撮影の直前に連絡が入ったのが皮切りだった。
 携帯を通して、雑誌社の編集者は恐縮して語る。
「織葉社長……大変申し訳ございませんが、神楽さんには降りてもらうことになりました。次の撮影からは参加してもらわなくて結構です」
「えっ? どうしてです? 気に入って頂けているとばかり考えていましたが……」
「すみません。神楽さんはすでにメジャーになってしまいましたので、そろそろ別の候補者にもチャンスを与えたいと思っているんです」
 編集者は、無理やりな言い訳を口にした。
 そんなバカな。モデル雑誌にとって、メジャーなタレントが出てくれるなら、これほどありがたいことはないはずだ。話題や売上に直結する。ましてや今なら、日毬ほどニュースになる女の子などいるわけがない。誰もが建前とわかる言い訳である。
 出版社が完全な左翼系で、日毬のファシズム的な言動に抵抗があるという理由なら、理解できないわけじゃない。名の通った業績の良い中堅大手でも、常日頃から右翼の街宣車に囲まれるようなガチ左翼の出版社はある。しかしこのモデル雑誌を出しているところは、右翼系から左翼系まで幅広い雑誌や書籍を扱っており、政治的主張には懐が深い老舗大手出版社のはずだった。この路線から断られた可能性はないだろう。理由が釈然としない。
「ひとまず次の撮影だけはお休み、という話でもないんでしょうか?」
 わずかな期待を込めて、俺は確認した。
「申し訳ありませんが――」
 編集担当は謝罪を繰り返すだけで、要領を得ない返答ばかりが続いた。何を訊いてもはぐらかすだけで、しかし本当に申し訳ないとも思っているようだ。
 もしかすると、この編集担当も理由をよくわかっていないのではないか。突然、上から指示があり、仕方なく断ってきたのかもしれない。
 謝るだけの編集担当と話していてもラチが明かないので、俺は諦めて電話を置いた。
 これはやはりタイミング的に、アステッドプロの工作によるのだろうか……。たしかに、テレビや新聞の豹変ぶりを考えると、アステッドが圧力をかけた可能性は高そうだった。
 こんな工作に押し切られ、アステッドの軍門に下るわけにはいかない。だが、どんな手が打てるだろう……?
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登場人物紹介

神楽日毬(かぐらひまり)

日本の未来を憂う女子高生。雨の日も風の日も、たゆまぬ努力を重ねて政治活動に励んでいる。

織葉颯斗(おりばはやと)

日本最大の広告代理店、蒼通の社員。営業先に向かう途中、街頭演説の最中だった日毬と出会うことになる。

健城由佳里(けんじょうゆかり)

日本最大の広告代理店、蒼通の社員。新人として織葉颯斗の営業に研修のため同行していたとき、演説中だった日毬に出会う。

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