一刀両断(8)

文字数 1,809文字

 アステッドとの対立が確定しても、数日は何事もなく過ぎていった。
 日毬のバッシングもあまり見かけなくなり、トラブルなどまるで何事もなかったかのような状況に安堵していた。不安は消えたわけではなかったが、かといって何かこちらからアグレッシブな手が打てるわけでもない。
 そうこうするうちに一週間が過ぎた。
 起き出して歯磨き洗顔を済ませ、テレビを中心にもう一度積極的に日毬をプッシュし直そうと考えながら、スーツに着替え終わった頃――。
 朝っぱらから、携帯に由佳里から電話があった。
「おはよう。こんな早くからどうした?」
「先輩! 京スポ、見ました!?」
「いや……スポーツ新聞なんてご無沙汰だな……」
 蒼通時代は、新聞各紙の一面にはざっと目を通していたものだ。時間もないのでまともに内容を読むわけじゃないが、一面の見出しを見るだけでも世間の傾向が少しはわかる。それが広告を扱う俺たちの仕事の一環でもあり、その習慣を由佳里に最初に教え込んだのは俺だった。
 だが俺は蒼通を辞めてから、いちいち朝刊のチェックをすることもなくなっていた。面倒だし、必要もない。広告業でもなければ、得るものは少ないからだ。
「なにサボってるんですか! ていうか、見て下さい、今すぐに! 先輩のことが載ってますよ!」
「俺のこと?」
 予想外の答えに、俺は携帯を取り落とす寸前だった。
「そうですよ! 酷い記事なんですから!」
「わかった。すぐチェックする」
 俺は携帯を切って部屋を飛び出した。
 ネットをチェックするのでもいいが、世間が見るのは紙面の方だ。それにコンビニはうちの目の前である。
 急ぎ足でコンビニへと駆け込み、京スポを取り上げ一面を広げてみた。目に飛び込んできたのは次のタイトルだ。

『東王印刷どら息子の浪費発覚!?』

 ちなみに「!マーク」は見出し文字と同じ大きさで、「?マーク」は見出し文字の五分の一ほどの小ささである。
 思わず俺はよろめきかけたが、なんとか気持ちを保ってレジへ行き、小銭を差し出して京スポを買い求めた。そして震える足つきで事務所へと引き上げたのだった。
 事務所のソファに腰を下ろし、改めて新聞を広げた。
 見出しに、サブタイトルが付いている。

「東王印刷を支配する創業一族が裏で芸能プロダクション経営! タレントに入れ込み数十億円を浪費の真相?」

 間違いなく俺のことだ。しかし、数十億円とはどこから出てきた数字なのか?
 記事を読み込んでいくと、それはもう酷い内容だった。
 要約すると、「蒼通にコネで入社したバカ息子が、今度は女三昧の生活を送りたくて芸能プロダクションを始めた」というものだった。
 前半は、多少の反論はあれど、大まかなところは合っている。だが後半の結論は、噓八百のシロモノだ。だいたい、芸能プロダクションをやれば女三昧の生活という結びつけ方が、いかにも安っぽい世間のイメージに迎合していてアホらしい。
 そりゃ数多ある事務所を探せば、社長が所属タレントに手を出すところもあるだろう。仕事を取るために寝る女性タレントもいることは蒼通に在籍していた時に見聞きした。しかし、あくまで特異なケースだ。そんな事務所やタレントが長く続くわけもない。まったくバカバカしい。
「数十億円を浪費」というのも、業界筋を名乗る匿名の人物が、「かなりのお金が息子に流れたと思いますよ。数十億あっても不思議じゃありません」などと寝ぼけたコメントをしていただけだった。完全な憶測のコメントだが、そもそもコメントの具体性がないだけに、どこがどう間違っていると反論もしづらい曖昧なものだった。
 この記事は、アステッドが攻撃の重点を俺に置いてきたということだ。ひまりプロダクションを業界から締め出す目的なのだろう。それに、日毬をバッシングするとしたら感情的な話ばかりになってしまうが、東王印刷という確固とした企業名が挙がると途轍(とてつ)もないニュースに聞こえる。
 俺は頭を抱えた。オヤジの怒りの形相を想像すると、俺の気持ちは暗く沈んだ。
 オヤジは、俺が芸能プロダクションを始めたなんて知らない。水物商売を嫌悪しているオヤジが、芸能界などという怪しげな分野で俺が勝負しようとしていることを知ったなら、どれほど激怒するだろうか。
 ある意味では記事通り、俺は本当にどら息子なのかもしれない……。
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登場人物紹介

神楽日毬(かぐらひまり)

日本の未来を憂う女子高生。雨の日も風の日も、たゆまぬ努力を重ねて政治活動に励んでいる。

織葉颯斗(おりばはやと)

日本最大の広告代理店、蒼通の社員。営業先に向かう途中、街頭演説の最中だった日毬と出会うことになる。

健城由佳里(けんじょうゆかり)

日本最大の広告代理店、蒼通の社員。新人として織葉颯斗の営業に研修のため同行していたとき、演説中だった日毬に出会う。

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