ひまりプロダクション(3)

文字数 1,007文字

 その後、ポスター用の撮影はスムーズに進んでいった。
 日毬はずいぶんリラックスしてくれたようで、カメラに自然な笑顔を向けることができていた。
 由佳里が近づいてきて言う。
「先輩。日毬ちゃん、休憩をはさんだら人が変わったみたいですよ。どんな魔法を使ったんです?」
「大した話はしていない。自然体でいいんだって教えただけさ」
「ふぅん。それだけじゃない気がしますが。女のカンってヤツです」
「そうそう、次の日曜、空いてるか?」
「えっ、日曜? 予定ありましたけど、空けますよ! すっごい勢いで空けますから! 東京ジョイポリスに新しいアトラクションができたんで、行ってみたいなぁって」
「悪い。そうじゃないんだ。いや、それなら別の日に付き合ってもいいけどさ……日曜は、日毬の買い物に付き合ってやってくれないか?」
「日毬ちゃんの、買い物?」
「今月末に日毬と映画に行く約束をしたんだけど、着ていく服が欲しいそうだ。それ以外にも、普段着を色々選んでやってくれないか」
 そう言って俺は財布を開き、中身をチェックした。札を数えると七万二千円。
 ひとまず七万円を抜き出して由佳里に手渡した。
「色々買うには足りないな。後で払うから、悪いけど立て替えておいてくれないか。ひまりプロダクションで領収書、もらっておいてくれ」
 由佳里はもぎ取るように札を受け取り、舌打ちする。
「ちぇっ。はいはいわかりました。日毬ちゃんには、うんと可愛らしいお洋服を買って差し上げます。期待した私がバカでした!」
「なんだよ、俺なんぞと休日にテーマパークに行っても仕方ないだろう。由佳里は色々とハイレベルなんだから、相応しい連中を捕まえとけ」
 由佳里は、俺といると気楽なだけだ。俺も由佳里とは何でも話せる仲だし、一緒にいると安心する。しかし、休日にデートをしたりする関係でもない。由佳里はまだ二三歳なんだから、今のうちから気安さに逃避するより、もっとアグレッシブに交友関係を広げておいた方がいい。
「そうですね。先輩なんて、所詮(しょせん)は明日潰れても不思議じゃない零細企業のド貧乏自営業者ですもんね! 私にとって、アウトオブ眼中な存在ですよ! もう目に入らないくらいの底辺です! 可哀想!」
 つっけんどんに由佳里が言った。
 正鵠を得た表現だったので、俺は思わず苦笑いする。
「まったくその通りだ。せいぜい、倒産しないように頑張るよ」
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登場人物紹介

神楽日毬(かぐらひまり)

日本の未来を憂う女子高生。雨の日も風の日も、たゆまぬ努力を重ねて政治活動に励んでいる。

織葉颯斗(おりばはやと)

日本最大の広告代理店、蒼通の社員。営業先に向かう途中、街頭演説の最中だった日毬と出会うことになる。

健城由佳里(けんじょうゆかり)

日本最大の広告代理店、蒼通の社員。新人として織葉颯斗の営業に研修のため同行していたとき、演説中だった日毬に出会う。

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