一刀両断(14)
文字数 2,164文字
一五時。
俺が会議室で待っていると、ぞろぞろと記者やカメラマンたちがやってきた。六〇人ほどが入れるレンタル会議室だ。事務所の傍のビルである。
俺はやってきた記者たちを席に座らせていき、各社が揃うまで待つように促した。こういう記者会見をやるときは、誰かメディアを取り仕切ってくれる事務員がいるとスムーズなのだが、ひまりプロダクションには俺ひとりしかいない。
「少し待って下さい。一五時キッカリに始めますから」
集まるメディア関係者に俺は告げた。
記者たちは俺の言葉に従って、素直に席に腰かけていく。
こういう集団行動に持ち込めば、抜け駆けして取材を強硬するようなメディアは、日本にはまずない。妙なところでルール順守というか……礼儀正しくなるのである。日本メディアには、揃って大本営発表を待つという意識――横並びが染みついているのだ。
しかしその反面、一度ターゲットを叩き始めると、日本メディアは横並びで一斉に叩き始める。その叩き方が、いかに粘着質で常軌 を逸したレベルだとしても、同業者が一緒に叩いているのだから気にしない。全員が同じことをやったのだから、あとになって誰も責任を取らないし、罪の意識も感じない。日本メディアは、ターゲットの社会的誅殺が完了するまで、皆で手を取り合って仲良く叩き続けるという怖ろしさも有しているのだ。
時計を見やると、もうすぐ一五時。会場は四分の三ほどが埋まっている。
椅子に腰かけた俺は、記者たちを見回し話し始めた。
「時間ですね。では始めましょう。ご来場いただき、ありがとうございます……というのも少しおかしいですが、まずは、わざわざこうして揃って下さったことにお礼申し上げます」
会場から笑いが漏れた。
同時に、テレビカメラが回り始め、カメラのフラッシュもチラホラとたかれた。
それにしても嫌なものだ。まさか自分がこうしてテレビの前で語る事態になるなんて、プロダクションを始めた当初は思っちゃいなかった。
そもそもプロダクション経営者は芸能人じゃない。こうしてカメラ前に立たなくてはいけないのは異例極まる状況なのである。
「皆さんは『週刊ネクスト』の記事をご覧になって取材を申し込んでこられたのだと思います。質疑応答は皆さんのご納得がいくまで受け付けますから、まずは私から弁明をさせて下さい。この記事についてはまったくのデマです。ここに至るまでの事の経緯からご説明しようと思います。うちの所属タレント、神楽日毬――」
ちょうどその時、会場の扉が激しく開かれた。
遅れてきたメディアかと思えば……そこには、拡声器の相棒「拡さん」を握りしめた日毬が立っていた。口元を引き結び、何かを決意した表情だ。
何より驚くのは、異様なその立ち姿。巫女 が着るような真っ白の、浴衣 風の単衣 だった。いわゆる白装束 というヤツだ。しかも、脇には木刀を差している。
突然、渦中のアイドルが乱入してきたことで、記者やカメラマンたちは驚きつつ、日毬に一斉に注目が集まった。
日毬は堂々とした姿で俺の側まで歩いてきた。
「ひ、日毬……?」
啞然として俺が見上げると、日毬は手を差し出してくる。
「颯斗。迎えにきたぞ。行こう」
日毬は、有無を言わさず俺の手を摑みあげ、引っ張ってきた。
その瞬間、カメラのフラッシュが一斉にたかれた。俺と日毬が手を取り合うのは絵になるのかもしれない。
記者たちに鋭く視線を向けた日毬は、声を上げる。
「お前たちもだ。揃って付いてこい。遅れるな」
俺の手を引く日毬は会議室を出て、エレベータは使わず階段で階下へと向かった。後ろからは、我先にとマスコミの集団が付いてくる。総勢五〇人くらいだろうか。
突然の事態に混乱しつつ、俺は口を開く。
「日毬、どこへ行くんだ……?」
「私にすべて任せてくれ。颯斗には決して迷惑をかけない」
日毬は凜と応じた。
ビルを出ると、大型バスが一台横付けされていた。
日毬は、後を付いてきたマスコミの集団を振り向き、口にする。
「乗れ。全員乗るまで待ってやるから、順番通りにだぞ」
そして俺の手を引いた日毬が最初に乗り込み、一番前の席へと着く。
日毬が運転手に声をかける。
「もう少し待ってくれ。私が合図したら出発して欲しい」
「わかりました」
運転手はすぐに答えた。
俺が日毬に訊く。
「な、なんなんだ?」
「バス会社にレンタルしたんだ。一台に全員乗りきれない場合はタクシーも使おうと思っていたが、なんとか大丈夫そうだな」
記者たちが全員乗り込んだのを確認し、日毬はうなずく。
想定外の成り行きに、記者たちは興味津々な様子だった。ほとんどの局はカメラを回し続けている。カメラに向けて喋っている記者もいた。ニュースの時間帯に合っていれば、生中継していてもおかしくはない。
「出発だ。もちろん、目的地はアステッド本社前だ」
日毬が運転手に声をかけると、バスはゆっくりと動き始めた。
――いったい何を始めるつもりだ……?
すでに引き返すわけにもいかない。動転しつつ、隣に座る日毬に視線を向けた。
日毬は一途に、ただまっすぐ前を見やっているだけだった。
俺が会議室で待っていると、ぞろぞろと記者やカメラマンたちがやってきた。六〇人ほどが入れるレンタル会議室だ。事務所の傍のビルである。
俺はやってきた記者たちを席に座らせていき、各社が揃うまで待つように促した。こういう記者会見をやるときは、誰かメディアを取り仕切ってくれる事務員がいるとスムーズなのだが、ひまりプロダクションには俺ひとりしかいない。
「少し待って下さい。一五時キッカリに始めますから」
集まるメディア関係者に俺は告げた。
記者たちは俺の言葉に従って、素直に席に腰かけていく。
こういう集団行動に持ち込めば、抜け駆けして取材を強硬するようなメディアは、日本にはまずない。妙なところでルール順守というか……礼儀正しくなるのである。日本メディアには、揃って大本営発表を待つという意識――横並びが染みついているのだ。
しかしその反面、一度ターゲットを叩き始めると、日本メディアは横並びで一斉に叩き始める。その叩き方が、いかに粘着質で
時計を見やると、もうすぐ一五時。会場は四分の三ほどが埋まっている。
椅子に腰かけた俺は、記者たちを見回し話し始めた。
「時間ですね。では始めましょう。ご来場いただき、ありがとうございます……というのも少しおかしいですが、まずは、わざわざこうして揃って下さったことにお礼申し上げます」
会場から笑いが漏れた。
同時に、テレビカメラが回り始め、カメラのフラッシュもチラホラとたかれた。
それにしても嫌なものだ。まさか自分がこうしてテレビの前で語る事態になるなんて、プロダクションを始めた当初は思っちゃいなかった。
そもそもプロダクション経営者は芸能人じゃない。こうしてカメラ前に立たなくてはいけないのは異例極まる状況なのである。
「皆さんは『週刊ネクスト』の記事をご覧になって取材を申し込んでこられたのだと思います。質疑応答は皆さんのご納得がいくまで受け付けますから、まずは私から弁明をさせて下さい。この記事についてはまったくのデマです。ここに至るまでの事の経緯からご説明しようと思います。うちの所属タレント、神楽日毬――」
ちょうどその時、会場の扉が激しく開かれた。
遅れてきたメディアかと思えば……そこには、拡声器の相棒「拡さん」を握りしめた日毬が立っていた。口元を引き結び、何かを決意した表情だ。
何より驚くのは、異様なその立ち姿。
突然、渦中のアイドルが乱入してきたことで、記者やカメラマンたちは驚きつつ、日毬に一斉に注目が集まった。
日毬は堂々とした姿で俺の側まで歩いてきた。
「ひ、日毬……?」
啞然として俺が見上げると、日毬は手を差し出してくる。
「颯斗。迎えにきたぞ。行こう」
日毬は、有無を言わさず俺の手を摑みあげ、引っ張ってきた。
その瞬間、カメラのフラッシュが一斉にたかれた。俺と日毬が手を取り合うのは絵になるのかもしれない。
記者たちに鋭く視線を向けた日毬は、声を上げる。
「お前たちもだ。揃って付いてこい。遅れるな」
俺の手を引く日毬は会議室を出て、エレベータは使わず階段で階下へと向かった。後ろからは、我先にとマスコミの集団が付いてくる。総勢五〇人くらいだろうか。
突然の事態に混乱しつつ、俺は口を開く。
「日毬、どこへ行くんだ……?」
「私にすべて任せてくれ。颯斗には決して迷惑をかけない」
日毬は凜と応じた。
ビルを出ると、大型バスが一台横付けされていた。
日毬は、後を付いてきたマスコミの集団を振り向き、口にする。
「乗れ。全員乗るまで待ってやるから、順番通りにだぞ」
そして俺の手を引いた日毬が最初に乗り込み、一番前の席へと着く。
日毬が運転手に声をかける。
「もう少し待ってくれ。私が合図したら出発して欲しい」
「わかりました」
運転手はすぐに答えた。
俺が日毬に訊く。
「な、なんなんだ?」
「バス会社にレンタルしたんだ。一台に全員乗りきれない場合はタクシーも使おうと思っていたが、なんとか大丈夫そうだな」
記者たちが全員乗り込んだのを確認し、日毬はうなずく。
想定外の成り行きに、記者たちは興味津々な様子だった。ほとんどの局はカメラを回し続けている。カメラに向けて喋っている記者もいた。ニュースの時間帯に合っていれば、生中継していてもおかしくはない。
「出発だ。もちろん、目的地はアステッド本社前だ」
日毬が運転手に声をかけると、バスはゆっくりと動き始めた。
――いったい何を始めるつもりだ……?
すでに引き返すわけにもいかない。動転しつつ、隣に座る日毬に視線を向けた。
日毬は一途に、ただまっすぐ前を見やっているだけだった。
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