ひまりプロダクション(9)
文字数 2,187文字
日毬が通う私立高校の校門前。
時間通りに由佳里と着くと、ちょうど授業が終わる鐘がなり、生徒たちが正門入り口から帰り始めたところだった。
「高校、なつかしーなー。先輩、土曜日も授業ってありました?」
校門の柱に背を預けた由佳里は訊いてきた。
「あったよ普通に。私立だとあるところが多いんじゃないか」
「私のところはなかったですねー。あんまりガツガツしてない公立だったからでしょうか。ずっと部活してましたよ」
下校する生徒の波を見ながら、しばらく由佳里と高校の頃の想い出話をしつつ日毬を待った。
ふいに日毬の名前が耳に飛び込んできたので、俺たちは注目した。徒党を組んだ四人の男子生徒が、駄弁りながら校門横を通り過ぎていく。
「えー? お前、神楽日毬の隠れファンか!? マジ!?」
「だってめちゃくちゃ可愛いじゃん。あんなレベル、普通どこにもいねえって。お近づきにはなりたくないけどな」
「可愛ければ誰でもいいのか? なんか三日三晩部屋に閉じ込められて愛国教育とかされそうじゃん?」
「そうそうそう。強制収容所に入れられて、思想改造されるだろ絶対。出てきたときには超一流のサムライになってるね、俺」
「だーかーら、付き合う対象とかそういう相手じゃねえって。見てるだけならアリだってことだよ」
「なんか女子どもが、日毬が芸能界デビューって噂してたんだけど、それ本当か?」
「あんだけ可愛けりゃスカウトされても驚かねえよ」
「ありえねー。容姿はたしかに図抜けてるけど、それ以上に中身が強烈すぎる。タレントなんてやってけるわけねえって。右翼デビューだろ」
「それはもうデビューしてるっつの」
「先月、戸山公園で拡声器持った神楽と会ってさ。街頭演説してたんだよ。うっせーのなんの。たまたま見つかって大声で挨拶されたんだけど、慌てて他人を装って通り過ぎたよ。俺まで右翼の仲間だと思われたくねえ」
男子生徒たちの話題は尽きないようだった。
市場調査や売り出し方の参考にするためにも、彼らのような身近な人の声をもう少し聞いてみたかった。しかし、まさか追いかけてまで聞き耳を立てるわけにもいかない。かといって直接男子生徒に声をかけたりすれば、日毬に迷惑がかかってしまう。
由佳里は困った様子で言う。
「日毬ちゃんらしいといいますか……」
「やっぱ高校でも、俺らが感じるのと同じような印象なんだな……」
ちょうどそのとき、高校生の波に交じり、正門から日毬が出てくるのが見えた。
すぐに日毬は俺たちを見つけたようで、急ぎ足で俺たちの許 へとやってくる。
「おつかれさま、颯斗、由佳里。日直当番だったから、少し待たせてしまった」
「大して待ってないよ。学校のことは優先していいからな」
「日毬ちゃんは部活とか入ってないの?」
由佳里の質問に、いつものように日毬が胸を張って応じる。
「部活にうつつを抜かしているヒマなどない。私は国家のために、日本大志会を組織している。私の行動の一挙手一投足に日本の命運が託されていると思えば、政治活動に邁進 する以外の道など選べるわけがない」
「そ、そうなんだ……。さすがは日毬ちゃん、剛気 ね〜」
そんなやり取りをしていると、校門前を通り過ぎてゆく女の子の一団と日毬が視線を合わせた。どうやら知り合いらしい。
「さようなら!」
礼儀正しく日毬が頭を下げると、女の子たちは軽い調子で手を挙げて挨拶を返してくる。
「バイバイ」
「じゃーねー」
「おつかれー」
こちらに視線を戻した日毬に、由佳里が問いかける。
「クラスメート?」
「そうだ。みんな明るくて良い子たちだと思う。孤立しがちな私にも親しく接してくれるんだ」
その言葉を聞き、俺はいくらか安心した。普通の高校生活を送れていないのではないかと心配していたからだ。理解のあるクラスメートがいてくれるのは良いことである。
すると今度は、俺たちの横を通り過ぎようとする男子二人に日毬は声をかける。
「さようなら!」
「……」
男子らは見て見ぬフリをして、小走りに脇を通り過ぎていった。
日毬はありありと表情を暗くし、つぶやくように口にする。
「……今の二人もクラスメートなんだ。私はいつも正しく挨拶しているのに、男の子たちはあからさまに私を避けていく。昔からずっと、私は男の子たちから嫌われているらしい……」
無念そうにうつむく日毬に、由佳里は元気づけようと明るい声を出す。
「大丈夫よ日毬ちゃん。うんと可愛らしい水着を買って、バーンと巻頭グラビアを飾って、男どもなんて一撃でノックダウンさせてやろうね」
「私など……」
日毬は唇をかんだ。
年頃の女の子として、男子らからこうも避けられることに遣り切れない思いもあるのだろう。これだけの容姿を持っているのに、日毬はモテたことが一度もないのは本当らしい。
「そう落ち込むな。アイドルとして有名になれば、彼らの感想も変わるはずだ。さて、大通りに出てタクシーでも捕まえるか。水着だ水着。由佳里の言うようにグラビアで活躍すれば、学校中で話題になるぞ」
俺は日毬の肩に手をやって、努めて優しく口にした。
そして俺たちはタクシーに乗り込み、幾つもの店をハシゴして、日毬に合う水着を次々と買い込んでいったのだった。
時間通りに由佳里と着くと、ちょうど授業が終わる鐘がなり、生徒たちが正門入り口から帰り始めたところだった。
「高校、なつかしーなー。先輩、土曜日も授業ってありました?」
校門の柱に背を預けた由佳里は訊いてきた。
「あったよ普通に。私立だとあるところが多いんじゃないか」
「私のところはなかったですねー。あんまりガツガツしてない公立だったからでしょうか。ずっと部活してましたよ」
下校する生徒の波を見ながら、しばらく由佳里と高校の頃の想い出話をしつつ日毬を待った。
ふいに日毬の名前が耳に飛び込んできたので、俺たちは注目した。徒党を組んだ四人の男子生徒が、駄弁りながら校門横を通り過ぎていく。
「えー? お前、神楽日毬の隠れファンか!? マジ!?」
「だってめちゃくちゃ可愛いじゃん。あんなレベル、普通どこにもいねえって。お近づきにはなりたくないけどな」
「可愛ければ誰でもいいのか? なんか三日三晩部屋に閉じ込められて愛国教育とかされそうじゃん?」
「そうそうそう。強制収容所に入れられて、思想改造されるだろ絶対。出てきたときには超一流のサムライになってるね、俺」
「だーかーら、付き合う対象とかそういう相手じゃねえって。見てるだけならアリだってことだよ」
「なんか女子どもが、日毬が芸能界デビューって噂してたんだけど、それ本当か?」
「あんだけ可愛けりゃスカウトされても驚かねえよ」
「ありえねー。容姿はたしかに図抜けてるけど、それ以上に中身が強烈すぎる。タレントなんてやってけるわけねえって。右翼デビューだろ」
「それはもうデビューしてるっつの」
「先月、戸山公園で拡声器持った神楽と会ってさ。街頭演説してたんだよ。うっせーのなんの。たまたま見つかって大声で挨拶されたんだけど、慌てて他人を装って通り過ぎたよ。俺まで右翼の仲間だと思われたくねえ」
男子生徒たちの話題は尽きないようだった。
市場調査や売り出し方の参考にするためにも、彼らのような身近な人の声をもう少し聞いてみたかった。しかし、まさか追いかけてまで聞き耳を立てるわけにもいかない。かといって直接男子生徒に声をかけたりすれば、日毬に迷惑がかかってしまう。
由佳里は困った様子で言う。
「日毬ちゃんらしいといいますか……」
「やっぱ高校でも、俺らが感じるのと同じような印象なんだな……」
ちょうどそのとき、高校生の波に交じり、正門から日毬が出てくるのが見えた。
すぐに日毬は俺たちを見つけたようで、急ぎ足で俺たちの
「おつかれさま、颯斗、由佳里。日直当番だったから、少し待たせてしまった」
「大して待ってないよ。学校のことは優先していいからな」
「日毬ちゃんは部活とか入ってないの?」
由佳里の質問に、いつものように日毬が胸を張って応じる。
「部活にうつつを抜かしているヒマなどない。私は国家のために、日本大志会を組織している。私の行動の一挙手一投足に日本の命運が託されていると思えば、政治活動に
「そ、そうなんだ……。さすがは日毬ちゃん、
そんなやり取りをしていると、校門前を通り過ぎてゆく女の子の一団と日毬が視線を合わせた。どうやら知り合いらしい。
「さようなら!」
礼儀正しく日毬が頭を下げると、女の子たちは軽い調子で手を挙げて挨拶を返してくる。
「バイバイ」
「じゃーねー」
「おつかれー」
こちらに視線を戻した日毬に、由佳里が問いかける。
「クラスメート?」
「そうだ。みんな明るくて良い子たちだと思う。孤立しがちな私にも親しく接してくれるんだ」
その言葉を聞き、俺はいくらか安心した。普通の高校生活を送れていないのではないかと心配していたからだ。理解のあるクラスメートがいてくれるのは良いことである。
すると今度は、俺たちの横を通り過ぎようとする男子二人に日毬は声をかける。
「さようなら!」
「……」
男子らは見て見ぬフリをして、小走りに脇を通り過ぎていった。
日毬はありありと表情を暗くし、つぶやくように口にする。
「……今の二人もクラスメートなんだ。私はいつも正しく挨拶しているのに、男の子たちはあからさまに私を避けていく。昔からずっと、私は男の子たちから嫌われているらしい……」
無念そうにうつむく日毬に、由佳里は元気づけようと明るい声を出す。
「大丈夫よ日毬ちゃん。うんと可愛らしい水着を買って、バーンと巻頭グラビアを飾って、男どもなんて一撃でノックダウンさせてやろうね」
「私など……」
日毬は唇をかんだ。
年頃の女の子として、男子らからこうも避けられることに遣り切れない思いもあるのだろう。これだけの容姿を持っているのに、日毬はモテたことが一度もないのは本当らしい。
「そう落ち込むな。アイドルとして有名になれば、彼らの感想も変わるはずだ。さて、大通りに出てタクシーでも捕まえるか。水着だ水着。由佳里の言うようにグラビアで活躍すれば、学校中で話題になるぞ」
俺は日毬の肩に手をやって、努めて優しく口にした。
そして俺たちはタクシーに乗り込み、幾つもの店をハシゴして、日毬に合う水着を次々と買い込んでいったのだった。
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